2019年6月28日金曜日

ジャノメ 職業用ミシン  令和だが昭和

ジャノメには職業用ミシンがあり、いくつかの機種が複数存在する。

今日はいわゆる足踏み式の職業用について。

以前、図書館で借りて読んだジャノメ史には職業用ミシンについての詳細は見当たらなかったが、実際ジャノメには足踏みミシンの職業用ミシンが存在する。知っている人は知っている。(あたりまえか)


歴史的には761から763、766と三世代の足踏み式職業用ミシンがある。
モデルナンバーが飛び石になっている764と765はそれぞれ工業用としてあてられているみたいだ。しかし、762はカタログなど探したが見当たらなかった。

761は「JANOME」デカールの書体にゴシック体と明朝体のモデルがあり、俺のは明朝だが、取扱説明書にはゴシック体のモデルの写真(絵)が掲載されており、マイナーチェンジしたのか、どちらが前期でどちらかが後期モデルなのだろうか、または別物なのか、わからない。


766は2000年10月のカタログが閲覧できることから想像すると、20年前までは販売されていて、のち数年は在庫を販売していたと推察している。まだ最近の感覚に感じるしかも122000円。安い。もし今売られていたら即買いだ。

JUKI、ブラザーはこのころすでに足踏み式は製造販売されておらず、ジャノメが唯一の牙城だった。最後までジャノメは足踏み式にこだわって、しかも職業用を製造した。手堅いメーカーだと感じた。

問題はユーザーで、足踏みミシンを使ってきた時代の熱烈なユーザーががいなくなった。

ここで一曲、玉置浩二の名曲「メロディー」(youtubeにジャンプします↓)をお届けしたい。

https://www.youtube.com/watch?v=_COv6lAnREU&list=RD_COv6lAnREU&start_radio=1


この当時の背広のシルエットはみんなこんくらいダボついてた。

玉置浩二という歌手は、個人的には足踏みミシンが活躍していたような昭和の時代や情景を歌で聴かせることの出来る数少ない歌手だと思って聞いた。


そう、スペックだ。

家庭用<職業用<工業用となるが、職業用には「家庭用ミシン」以上のものを期待されるわけで、実際に足踏み式ではあるが職業用を使ってみて、いくつかの明らかなる違いを確認した。

①スピード
②貫通力
③直進のみ故の剛性



①のスピードについては、766は毎分、1800回転だそう。

761だとだいたいベルト車が一回転すると針は8針進むから、1分間で225回踏み板を踏む。一秒間で3・75回となる。ちょっとしんどいが、もしかしてプーリーの径が761よりも小さいのかもしれない。モーターなら楽勝だ。

最新職業用にはボールベアリングが採用され高速回転を実現しているがそれでも毎分1600回転だ。766はボールベアリングなしに1800回転を出しているところからすると、今にない相当の高性能だったと思われる。摩擦による焼付けにも耐用する構造だったのだろうか。

761を最速で漕いでも一分間に225回は相当しんどいと思う。やってやれなくもないだろうか、しかしスペック値は761は最速約1500回転だ。計算上は187・5回だ。これなら可能なのではないかと思う。だが、まさかこの値の速度を連続して数分間続けるような使い方はしないし、実際のところはあくまでも瞬間(数秒間)の最大値と言うことだろうと思う。

取説から見ると763は特筆される。
最速でいうと、足踏みとモーター式(電動式)で差がある。足踏み式が1500回転に対し、モーター式(電動式)は2000回転となっている。針棒ストローク、押さえの高さはいずれも同じ値のようだから基本的な構造はモーターがあるかないかの違いだけのように見える。

推測を含めて書いたが、そもそも1500回転と1800回転、2000回転の値を攻めて作業するようなヘビーな作業や使い方ではなく、あくまでもそんなフィーリングだと思っている。

②の貫通力については、針棒ストローク(最上点から最下点の距離)があり、構造はオール金属のボディーとギアなど負荷がかかる部品すべてが頑丈なため太い針を使用できるように設計されている点などからも家庭用ミシンの限界と比較しても明から違いを実感する。

③は、ジグザグが出来る家庭用ミシンはどうしても針棒を左右に振るための構造上、上下に加え左右の運動が加わることで複雑な要素がある。一方、職業用は針棒に限っては上下運動だけの単純な構造から直進性能に有利だといえる。この点は工業用とまでは行かないにしても職業用としての特殊性があって生き残っている。ある種マーケットの要請があると思う。

その他、送り歯、フトコロやサイズ、押さえの力なども関連しあいバランスを考慮された構造になっている。

飛躍するが、当時のミシンは完成形を成し遂げたといっていいほどだ。そんなミシンの時代だったと思う。

いよいよ令和になり、みんなが度肝を抜くような、あっと驚くミシンが誕生して欲しい。













2019年6月22日土曜日

ただいま航海中 オーバーオール singer188U召集   ~縫製編~

ムッシュ杉本の本とアイアンハートの写真イメージを参考に、オリジナルマスタープランとした。

今回はジャノメTA-761には休暇を与え、singer188Uを召集した。

相変わらず男前なsingerで、しばらくぶりのシルバーボディーに向かうと高揚感が味わえる。

今回扱う生地は9オンス程度のライトな感じだが、使用糸は20番中心にセレクト。針板を厚地用に切り替える。念のため作業開始前動作チェックと軽く注油してから試運転。

今日も絶好調。出来上がりが楽しみだ。

問題は着心地だ。オーバーオールは着た事がない。デニムの延長と思ったらいいのか。

縫製にこだわった点は、脇の三本ステッチ、胸当てのポケット、どうしても写真だけではわからなかった脇ポケットの仕様だ。途中経過の仕上がりを見て、思いのほか脇三本ステッチはいいと思った。脇ポケットは可もなく不可もなく。

すべて20番糸にするのでなく、適宜30番、60番を使い分けたのは良かったのではないか。どれもこれも20番糸は太すぎるような気がして、必要ないと思うところは30番、60番を使った。

ドーナツボタンの採用は初めての経験であったが、つけて正解だった。作品のグレードをUPするのに貢献してくれた。

今回選んだ吊カンについて、あまり良くなかった。しかし、機能性には問題ないのでよしとする。もう少しどうにかなったのではないかと思うが、吊カンを自作するには難しそうだ。

毎度のことながら、閂止め、ボタンホールに課題が残る。

ボタンホールと閂止めのため、家庭用ミシンのジャノメKTS550を臨時召集したのだがこのミシンでは段差が近くにあると段差のせいでうまく進まなくなる。

同じところを何度も縫うが進まず縫い目がこぶになって、何度かやり直した。

段差をなくすように押えの後ろに同じ厚みになるよう別の生地を差し込んでみてもうまくいかず、その場しのぎ。職業用ボタンホーラーというやつが必要なのだろうか。

ボタンホールと閂止めをデニムで確実にしとめることが出来るなら家庭用最新最高機種を買ってもいいと思い、以前、EX-7をテストさせてもらったことがあるが、テストした条件では不十分な手ごたえだったので買うのをやめた。

職業用ミシンといっても所詮、家庭用のカテゴリーなのでデニム生地が確実に縫えるというわけではなく、絶対ではない。足踏みミシンを使って、個人でデニムパンツを作っています。工業生産品とは違いますが、趣味の範囲でできますよ、的な程度だろう。

一昨年作った初代デニムは履きこなれ、いい感じに色落ちした。今のところ、傷みやほつれもない。

耐久性を比較するのは難しいが、自分で作ると材料費だけなので考えようによっては冒険できる。手作りする動機だろう。

先日はジャノメのことに触れたが、今回使用したsinger188Uもなかなかやる。

スペック詳細は調べていないのでわからないが、ジャノメと同じようなボディーサイズで製造年も近い。同じTA規格のためジャノメ足踏み台に載せ換えて使うことが出来る。革ベルトも変える必要なく、同じ長さのままぴったり合う。

台にある膝上げレバーの位置も本体を載せ換えても同じ位置で使え、縫っていても何が違うの?と言うほど縫い味も似ている。仕入れたときは若干ジャノメよりも軸の回転なんかが油で固着していて重い印象だったけれど、動かしているうちにぶんぶん回るようになった。

「singer」は、歴史的にはジャノメやブラザーよりも先発であり、性能面でリードしていた。しかし、俺のジャノメTA-761、singer188Uの2台は同年代(昭和36年ごろ)の製造のもので、個体差や調整による違いもあるだろうが、性能差は極めて近似値といえる。

歴史的ブランドの名機・singerか、国産ブランド・ジャノメか、気分によって使い分ける幸せ。どちらもメインマシンとして大活躍。

こうして自己満足の世界が形成されている。

















2019年6月7日金曜日

ただいま航海中 オーバーオール           真鍮焼印とエラー ~道草編~

構想段階のオーバーオール。

生地を買った。糸、ジッパー、タグは買置きのヤツを使う。

先日からリベットを探していた。

リベットは画鋲のようなとがった土台とふたになった金属で構成され、布をはさんでプレスして接合させる。直径一センチに満たない程度の金属のあれだ。

皆さんご存知だろうが、俺はデニムを自作するまでリベットなんかを意識してみたことがなかった。

デニムマニアの諸兄はこのリベット一つに含蓄があるらしい。


ボタンはベルトをすると隠れてしまうのでデザイン云々は二の次でいいと思っているのだが、リベットは見える場所に打つので履いたときの印象が変わる。

リベットは今まではバッグ資材用のカシメを打ち込んで、それなりに仕上がったと自己満足していた。
今回のオーバーオールには、さらに本格的なデニムに迫りたいと思った。

近所の手芸店には販売していないのだが、ジーンズリベットのネット販売は見つけた。
いまどきは何でもネットになる。

しかし、当然割高で送料もかかる。どうせならネットではなく対面販売している小売店で買いたいと思っていた。

で、探したら近くに革細工の資材専門店があり、ここにジーンズ用リベットを小売していた!!

選択肢は4つほどでその中の一つを選んだ。これで本格デニムに迫ることが出来る。

今、在庫を持つリスクからか小売されている店を探すことは至難の状況で、リベットだけに限った話でなく、何でもかんでもネット通販の時代にいささか残念だ。ネットは豊富な種類の品物を選ぶことが出来るという豊かな世界ではあるが、相手の顔が見えない、品物を手にとって比較できにくく難しい。

反面、言い換えれば、顔を見なくて済み、後ろを向いてべろを出していても相手に知られることなく、先に支払いを要求できる点からも売り手市場なのかもしれない。

もう少し考えると、今までは余計に笑顔で愛想よくして販売にかかる見えにくい労力というエネルギーが価格に反映されていたのではないかともいえなくもない。

リベットは何とか入手したが、問題は革パッチ。

前回までのデニムには革パッチはつけたものの、油性マジックで屋号を入れただけの簡素な、というか手書きのもの。(屋号といっても商売ではない、個人の作品なのでペンネームとか言う類の物と言うたとえが近いか)和風なら雅号か。

前作の革パッチは油性マジックで手書き・・・と、相当雑な仕上がりになってそれはそれで味にも思えるが、手書きゆえの失敗感がかもされてしまい、出来上がりはいかにも手作り。

今回はもう少しひねってみたいと思ってどうせなら焼印をつくってしまおう。焼印だ!

革への焼印。デニム、オーバーオールときて焼印が加わり創作範囲がじわじわ広がりつつ始末できないまま部屋も散らかり放題。

焼印といえば、真鍮だろう。
焼き鏝といえば電気式だろう。
この方向性で研究調査の日々に追われ、気づいたら5月も後半戦だ。

みんな大好きネット検索で探すと真鍮が最適らしく、たいてい専門業者がCNC旋盤で機械的に彫ったものが主流のよう。CNC旋盤を個人で購入して使いこなすまで、たとえエントリーモデルを選んだとしても最低15万から20万のスタートコストは覚悟しないといけないようで他の使い道があるならまだしも、一点ものの作品の製作コストを考えると、さすがに趣味の領域を超えてしまう。そこまでの勇気はないへたれな俺。

手彫りの精度は1文字20ミリかせいぜい15ミリが限界だろうと、一度やってみて思った。

革パッチは「Lee」のような、パッチサイズの中に大きな三文字構成の彫刻なら俺の手彫りでも可能だろうが、もう少し小さい文字をデザインしたい。

このようなデザインをかなえるのにオーダーメイドの真鍮焼印専門業者価格は見積もりを見るまでもなく数万円。これを考えると、ハンドルーターによる手作業で掘るという方法がエコノミーだと思った。

とりあえずデザインは決まったが、有料ソフトのイラストレーターはこれまた高額なので無料ソフト、インクスケープをダウンロードし試行錯誤の末、デザインのための必要最小限の機能を使って描いた。

出来上がったデザインデータを真鍮に転写する。これはレーザーコピーのトナーの熱転写で解決したがきちんと転写できるまで20回くらいやり直しただろうか。熱転写といっても使い古しの普段の家庭用アイロンが猛威を振るう。

細かすぎるデザインには妥協が必要で、文字、イラストの線、幅を再検討して原版から修正すること5回。

何とか熱転写を成功させ、次は真鍮エッチングだ。転写した原版をハンドルーターで直手彫りも考えたが、直線とエッジ感を表現するのにはエッチングだと思った。

ここでも4回失敗した後5回目で形になった。F式というヤツを参考にした。

きれいに文字とロゴマークは浮き出たが、思いのほか浅い。柄を深めるためハンドルーターによる手彫り加工の作業はさらに地獄を見た。

素材が真鍮なので硬い。やってみてこれほどまでに硬いのかとつくづく出口の見えないトンネルの長さに心が何度折れそうになったか。いや、折れたかもしれない。

ここまで振り返って何回失敗を繰り返したか、もう数え切れない。ここに記載していない小さな失敗は山ほどある。果たして失敗の先に完成を見るのかどうか2ヶ月以上長いトンネルをひたすらとぼとぼ歩いている。

失敗と成功の違いもいろいろだが、工業製品の場合1ミリ、コンマ5ミリ、0,00何ミリなんて誤差を許さないことだってあるだろうがまさかそんな世界でもなし、あくまで俺がよしとするところを目指した。

一旦、やる気スイッチを上げるため、試しに押してみた。

100点とまでは行かないが、100点が見えてきた。

自己満足と言う言葉を使いたくはないが、景色は変わった。


エラーについての持論。

仕上がりのすばらしい工業生産品と、素人の手作業はずいぶんかけ離れ、趣味に毛が生えた程度のものでしかないのだけれど、世界にたった一つだけの俺の服であって二つとない。

売られている工業用ミシンで縫製された縫い目の整った歪みない仕上がりを見るとつくづくその完成度のすごさが身にしみる反面、なぜか失敗や不ぞろいなどエラーを許さない物づくりにしんどいものを感じてしまう。

自分でミシンを使うようになって難しさを思い知らされ、売り物の縫製、縫い目を今まで以上に見るようになった。

人の失敗を許せないのに自分が作ると失敗を棚上げしている。自分勝手とはこのこと意外にないだろう。

俺は自分でステッチに失敗したゆがんだ服を自分で着ている。自分の失敗は自分で責任を取っているともいえる。しかし、いざ金を払って歪んだステッチの服をあえて選ぶことはないだろう。(ビンテージデニムは歪みが特徴だったりするらしいと知った。あえてその歪みを再現したりすることも売りにしていたり一部マニアの世界らしい。わざと歪めている)

わざと歪めるのと、下手な結果の歪みとは別物だと主張する意見を見聞きしたが、ビンテージデニムの歪みはわざと歪めたのだろうか。

毎日何がしかのエラーに遭遇する。

品質高い日本人の仕事であってもエラーは日常茶飯事で本当のところ、日本製が優れているのか、甚だ疑わしいと思っている。確かに世界で日本製が高評価されているのだが、日本で普段、これほどエラーに遭遇しているのだから、世界がもっとエラーだらけなのか、あるいは日本はエラーを修正、修復する力があるということなのかもしれない。

エラーに関しての捉え方は深めると面白い。

こんなだから完成はいつかわからない。







2019年5月25日土曜日

made in occupide japan

ヤフオクで足踏みミシンを見ていたらこんなプレートをつけた足踏みミシンを見つけた。

「Made in occupied japan」(占領下の日本製)

思わず入札に参加しようか迷った。GHQが統治したころの蛇の目だから1945年から1952年ごろの製造になる。

戦時中も占領下でもミシンは活動していた。ミシンはそもそも軍服を大量生産するためにも使われただろうが、戦後のミシン製造は平和産業として脚光だった。

マシンがなまってミシン、マシンガンの連続運動の応用がミシンでもあり、戦後の軍需産業を転換させたのが縫製機械産業だった。

多くのメーカーがミシンを作って、関連する部品パーツを製造する零細企業や数多の人々が関わった時代の物づくりをミシンを通じて考えさせられている。

今のミシンは普通に使っていると15年くらいが寿命らしい。使い方によるけれど、樹脂パーツは劣化するし、金属よりもやわらかいので欠けたりもする。部品保有は製造終了後8年で打ち切り。大切に使ってもおのずと経済活動に協力を迫られる。消耗品だからだ。

昔のミシン、鉄鋳物のは償却までの年数は数十年と考えられて作られていたと思うが、消費サイクルの回転数を上げる時代を作ることで景気も上げた。いつまでも耐用するミシンを使ってはいけない。いや、使うのは勝手だが、修理はしませんよというスタンスでメーカーも新型機種を売りたい。

しかしマーケットはすでに終了している感ぷんぷんしている。国内だめなら外国でと行きたいが、外国もさほどで、むしろ電気なくても動く足踏みが活躍している国もいまだ沢山あるそう。

だからミシン関連産業の皆さんが、仕事の後のおつかれさま乾杯!を「ビール」でというには程遠く、多くの方は第二、第三ビールで我慢しているのは今のミシンを見ると想像できなくもないではないだろうか。いや、我慢でなく、ビールテイストでもなかなかやるのだ。ビールメーカーが知恵を絞ってビールに迫るうまさを追求したのだ。

乾杯で思い出した。

乾杯は「日本酒」で。そんな条例を作って日本酒を見直そうとがんばっている人達もいるようで、賛同したい。(酒を飲めたら何でもいいのだが)

ビールで乾杯だっていいのだが、日本人というアイデンティティを自覚するのに日本酒もいいでしょう。

さすがに着物を国産ミシンで縫いましょうとは言わないわな。着物はてぬいだしな。

「占領下」のプレートを作ることは屈辱だったろう。大変だったろう。あるいはやっと戦争が終わって、やれやれ感が漂っていたのだろうか。

 

おわり











2019年5月19日日曜日

ミシンを止めて黙祷    毒を吐く

交通ルールを守っても交通事故が起こり、死亡事故に至る。

池袋、滋賀の事故はいずれも交通ルールを守っていた罪ない人々が、守らないドライバーのせいでいたたまれない被害が生じた。速度超過や前方不注意の違反者が罪ない人の命を奪った。

以前からこのブログに書いてきたが、散歩中の街中で標識に従って一時停止している車を一度も見たことがない。大げさな表現と思われるが、事実だ。

一時停止は、少なくとも停止線前2メートルまでの間に完全に停止することと教習で習った。停止とは少なくとも2秒間は静止する。そして左右の安全確認後、安全であれば進むことが出来るのだが、この行程の一部どころか、すべて守れていない車が当たり前状態だ。奇跡的に守っている車を見ると、ドライバーは外国人なのではないかと錯覚することがある。

近くの交番に申し入れしに行った。
対応に当たってくれた警官は、親切な態度で「パトロールしときますっ!」と対応してくれたが、その後、停止線付近をパトロールしている様子はその後もない。

警官がこの街の安全、安心を守るのではないようで、交通ルールは守られず、街中交通事故のリスクはますます高まるばかりだ。歩くなら命を差し出すつもりの覚悟がいる。

池袋の高齢爺は「ブレーキを踏んだのにきかなかった」被害者は死んでしまったのにこの発言は信じがたい。少なくとも「ブレーキを踏んだとおもったが暴走してとめることが出来なかった」くらいの発言ならまだしも。

正しい運転技能があれば、暴走はしない。ブレーキはフットブレーキの他にエンジンブレーキとパーキングブレーキがある。フットブレーキを踏んで効かなければエンジン、パーキングのそれぞれのブレーキを駆使しないといけない。

つまり、そんな対処が出来ない爺はすでに運転する基本の運動・判断能力がない状態だったと報道から解釈できる。

まだ、滋賀の加害者の報道のように、「前を見ていなかった」と言う発言のほうが適切な事実を伝えているだろう。

池袋爺の方は報道内容は事実(正確)なのかどうか怪しいが、事実なら加害者の厳罰を求める世論は理解できる。「上級国民」はどうでもいいが、交通ルールを守れず、運動能力を自覚しない、運動能力のないドライバーにはそもそも運転資格がない。

交通ルールを取り締まれない警察と交通ルールを守れないドライバー、守られない交通ルール、無資格者には相当の問題がある。やはりスピードの出しすぎが大きな原因の一つであることに間違いないだろう。

車の仕組みを向上させて事故を防ぐ、事故が起こらない未来を待つしかないのか、それまでにルールと取り締まり対策、法改正で速い手を打つ必要がある。

亡くなられた方、ご遺族、その家族、友人、知人、親しい人に心から哀悼する。

残念ながら、悲しむべき事故の結果、本来なら生きるべき人の命が絶たれ、悲しむ人がまた増えた。

警察にお願い。

小さな、軽微な違反やマナー違反のレベルでの取り締まりの必要性をもう一度考え、対策を強化して事故の抑止、事故の防止と重大事故の撲滅のための積極的活動をして欲しい。たった今でも街中のあちこちで一時停止を無視されているし、悪質なあおり運転はどこにでも起きているだろう。死亡事故につながる危険運転は散歩している俺でも毎日毎日複数回見かける。



ミシンを止めて、


一路平安。



2019年5月17日金曜日

ただいま航海中 オーバーオール ~構想・準備編~

5月も半ばを過ぎ、そろそろ夏を感じさせる気温上昇で水分補給をこまめにするなど熱中症対策を心がけましょう。


2月にオーバーオールを作ろうと計画した。

オーバーオールはいまどき人気がない。マーケットの中心ターゲットはお子様、女子の好む傾向があり、おっさんが着るとただの作業着となっていることが多い。(一部マニアを除く)

使用されている生地は通常のデニムが14オンス前後が標準のところ、11オンス前後が多く比較的にやや薄く感じ、一本に使用される生地使用量が多くなることもあり仕方がない。

メンズオーバーオールは販売している店舗も見つけるのに至難する。ネット通販ならあるのでないことはないのだが、人気は低いといわざるを得ない。

アイアンハートのモデルはちょっと注目したい。

アイアンハートはダブルニーという、前身ごろのウエスト下ら膝下にかけてもう一枚の生地をあしらわれたデザインが特徴で、膝部分の生地厚が二重になることで堅牢性を備えたものに仕上がっている。生地は21ozのセルビッジを使っているそうな。大人の男が着てよしという印象だ。

買うと3万円を超えるみたいなのでおいそれと手が出ない。懐事情を鑑み、コイツをオリジナル仕様で自作しようと考えた。オーバーオールという新たな領域に挑戦だ。

皆さんご存知のようにオーバーオールはエプロンのような胸当てと腰からつながる肩紐が一体につながった構成になっている。この部分が研究製作の醍醐味なのではないだろうかと思った。

まず参考にしたのはムッシュ杉本の「シルエットのきれいなメンズパンツ」だ。

少ないメンズパターン本のカテゴリーの中、オーバーオールを唯一掲載しているすばらしい本だ。素人には大変ありがたい。いつもの図書館で拝借。

ムッシュのパターン本は、簡単に仕上げることが出来るよう配慮されたところがあるので親切設計といえるが、半面若干物足りない気もしないでもない。

デザインの好みも分かれる。
ネット写真のアイアンハートのディテールとムッシュ杉本の本に掲載されている写真を穴が開くほど見比べてみたところ、ダブルニーの部分を除いても肩紐の背中の縫製方法に相当違いがあり、ムッシュ杉本のほうは後ろパンツの腰から上は連続した一枚続きを使用しているが、アイアンハートは前後ともウエストが切り替えられている。

細かい部分を見比べるとアイアンハートはさすがに評価が高いのもうなづける。

ムッシュ杉本のほうはパターン本としてパンツソーイングを初めてでも簡単に出来るように工夫されているのでこれからのミシン挑戦者にも入門編としてお勧めできるのではないか。

また、サイズも複数用意されているから女性でも着用できるサイズが備わっている。ストライクゾーンが広い。

実際写真モデルも男女二人が掲載されていた。女子用としてSサイズを製作してくれと言うことらしい。印象としては女子モデルの写真のイメージは、かわいいという印象があっていいのだがメンズの場合も、「かわいい」は悪くないが、これからオーバーオールを着ようとしている俺には若干歳を取りすぎた。

そんなことから、ムッシュの本を基本に、ディテールとステッチ、デザインのいくつかのヒントをアイアンハートに寄せたい。



生地はいつものハギレ屋のデニムでW幅×2m/700円(税込み)を2枚買った。
失敗しても痛みは最小限だ。ozはライトオンス程度かと思う。

市場調査に出かけた。しかし、メンズオーバーオールは散歩をしてもなかなか見当たらない。アイアンハートの取扱店で実物を調査したいのだがさすがに買いもしないものをじろじろ表裏調べ上げるのにははばかれる。

店員から声を掛けられまさか「調査のためです」などと答えることなど出来るほど大物ではないので、客として買うそぶりをかもしつつ、なんとなく買わずに帰っていくのもどうかと思い、そんな場面を想像すると販売店での調査活動は自粛した。

そんなことを考えつつ、写真を眺め2ヶ月ほどが経過した。





2019年5月15日水曜日

なんてことしてくれたんだ  言葉狩り

今日は書店と手芸店、資材卸売り専門店を訪ねた。

書店では雑誌の立ち読みはすれど、毎回ほぼ買うことはない。書店には悪いが金を出して所有したいと思える本が見当たらない。図書館で事足りてしまう。

手芸店でも買うことなく店を出た。買いたいものが見当たらない。

レザークラフトの資材卸売り専門店を冷やかした。レザークラフトを始めるつもりはないが、どのような品揃えなのか見てみたかったので立ち寄った。リベットも探した。

沢山の品揃えがあって、実店舗で手にとって眺めながら購入するかどうかを決めることができるというすばらしい店ではあったが、目当てのリベットは見当たらなかった。

やはりネット通販しかないのか。手にとって品定めしたいのだが仕方ない。
在庫を抱えた小売商売はジリ貧で、どんどん縮小の一途をたどっているみたいだ。

品揃え豊富な専門店を何も買わずに出たとき、店員さんから「どうもありがとうございました!」と気持ちよい挨拶の声がした。

何も買わない客にお礼を述べる店員(店・会社)と、買った客にだけ「ありがとうございました」と言う店員(店・会社)があって、だいたいが後者だと思っていたが、改めてさっきたずねて冷やかしただけの俺に対して御礼を述べる店員(店・会社)は改めて商売の原理原則の訓練を受けたのだと感じた。

古臭いおっさん世代以上の慣習のように思うが、このような態度、姿勢の店員がいる店、会社は訪れても気持ちがいい。今日はあいにく買わなかったが、いい店の印象が残り、この次再び訪れるきっかけになるし、もし欲しい品物を買ったときの充足感はネット通販の比ではなく充実するだろうと思ったりする。

買わなかった客にも御礼を述べる、たったそれだけなのに、それだけのことをしない店や店員がいるところではそれ以外のことについてのプレミア感が薄れてしまい、結果買わない。

前にも似たようなことを書いた。

自分の店の商品を買った客(俺)に対して、きちんと商品を包まない、(包まないし袋すら用意しない)店について書いた。

人手不足、非正規雇用、格差社会による労働者の質低下が一つの要因に思うが、これから先、令和になってもますますそんな雰囲気を加速するのだろう。むしろ小売サービスなどの質の低下は将来嘆かわしいものに進展していくのだろうが、今日の御礼を述べてくれた店にはすばらしい未来が待っている。

買わない客に御礼の言葉を述べるということについて、必要ないという考えも間違いではないし買わない客は客ではないという。

まあ、自分の店の商品が客に買ってもらえなかったという結果を受け止めるとき、店側は客ではなかったという結論に到達したということが言える。

買わなかった客に御礼を述べた店側の考えは、買わなくても店に来てくれたことの御礼、また来てくれたときに買ってもらえたら嬉しい的な御礼、お客さんの求めていたものを置いていなかったことを買わないという行動で教えてくれたことと受け留めたという御礼など、考えられる。そう考えると買わない客に御礼を述べるのはしたたかで謙虚、商売を考えている。

買わないので御礼を言われなくても当然と思うのだけれど、買わなかったのに御礼を言われて嫌な気はしない。むしろ次に行く機会があればあの店で買ってもいいと思える好印象が持続する。購買動機なんて単純な側面もあるのよ。

ミシンについても同様、売れない理由をマーケットのせいにしたり、いろんな理屈で売れないというよりも売る努力をしているのだろうかと思ったりもしないでもない・・・というと沢山の関係者を敵に回すことになるので、撤回します。

当然ミシンメーカー、販売店や営業の皆さんは血のにじむ思いで毎日がんばっているのでしょう。ミシンだけに限らず物が売れなくなった時代と言うことかしら。



「戦争で取り返すの賛成か反対か」と吠えた衆議院議員のウィキペディアを見たら、丸山穂高(まるやまなんてことしてくれたんだ)という読み仮名になっていて、荒らされていたようだ。面白かったので後で再び見たら、「この項目は著作権侵害が指摘され、現在審議中です。」と編集のアクセス制限かかっていた。この人も発言撤回したけれど世間からボコボコにされてたな。

一連の報道を見ると、いわゆる言葉狩りというヤツなのかもしれないな。