2019年3月31日日曜日

ジャノメTA-761 カローラレビン このたとえは誰もついてこれないだろう 

先日の記事は、足踏みミシンを落札してYDKモーターを載せたというところで終わった。

今回は、モーター駆動させた足踏みミシン蛇の目TA-J761の使用感をお伝えしたい。

やっとのことでモーターをくっつけたのだが、結論から言うと、、足踏み台を仕入れた。終わり。


というのは説明不足だろうから縷々述べたい。

モーター駆動は大変速い。そしてパワフルだ。つけたモーターは職業用というから家庭用ではない。繰り返しになるが、速くて力強い。

沢山の縫い物をするのには重宝するだろう。
急いでいるときなんかもいい。
速度計などあれば数値化したデータが面白いだろうが、詳細はわからない。果たしてどのくらいの針数だろうか。

このミシンのカタログスペックは最大/毎分1500針だが、モーター駆動させることでもっと出てる気がする。

コントローラーをいっぱい踏み込むとモーターの回転による振動が本体を揺らし、まるで20年使っている俺の洗濯機の脱水時の振動と思えるほどの激しさだ。オーバーな表現かと思われるかもしれないが、力強いのだよ。

もちろんコントローラーの踏み加減次第でスローにもなるが、モーター駆動の醍醐味はやはりスピードだと思った。車にたとえると家庭用ミシンは自家用車、普通車。工業用はF1マシン、では職業用ミシンは・・・スポーツカーと言ったところだろうか。

だから、まあまあの速度が出るし、走る楽しさはたくさん走らせればわかるのかもしれない。ただ、それほど走らせる必要性が今のところないので俺にはちょっと手持ち無沙汰になっていた。

身の周りのちょっとした縫い物のために、まるでスポーツカーで自宅から数百メートルにあるコンビニエンスストアにぶっ飛ばして買い物に行くような。

人気スポーツカーランキング!(テキトーにネット調べ)

  • 第5位:ホンダNSX NA1/2型
  • 第4位:トヨタ86 & スバルBRZ.
  • 第3位:三菱ランサーエボリューション
  • 第2位:日産フェアレディZ Z33
  • 第1位:日産スカイラインGT-R R32型

第4位にトヨタ86があるので、俺の蛇の目はカローラレビンと表現したらどんぴしゃ的を得ているはずだ。女性にたとえると、高校二年の女子高生といったら全国の俺の女子高生ファンから顰蹙だろうが、そんな感じだ。

アクセルを踏めば後輪がキュッと鳴って立ち上がる、そんな敏感な瞬発力。

だから、街中に住んでいて歩いて用事が済んでしまうため、カローラレビンを出動させるにはちょいともったいない。あまりの近さに車庫から出すのもめんどくさい。

問題点というか、足踏みミシンの宿命と言うべき点があって、停止するのにはどうしてもアクセルオフしても惰性で数針進んでしまう。この点においては最新の職業用ミシンにはかなわない。止まりたいところでドスンと止まる、あのコントロール性はなんとも快適だ。

せいぜい小旅行程度で喜んでいたのだがさすがに街の風景をゆっくり眺めながら走ることのよさを思い描いて足踏み台を導入した。









2019年3月28日木曜日

蛇の目TA-J761 足踏みミシン モーターの取り付け

昔々、母親のジャノメでミシンを覚え、忘れかけたころにヤフオクでブラザーコンパルデラックスを修理したことがきっかけで再びミシンに興味を持った。

ミシンのブランクは30年近くあったが、修理したコンパルデラックスを使えるまでにそれほど時間はかからなかった。

ブラザーコンパルデラックスをきっかけにミシンを何台かヤフオクで落札しては修理し、修理したら出品してまた違うミシンを落札して・・・と何台かのミシンを使い、そうしているうちにとうとう足踏みミシンを使うようになった。

何台か違うミシンを修理して使ったけれど、どのミシンも良いミシンで、コンピューターミシンなどはいまでもボタンホールなどに重宝している。

そして、とうとう足踏みミシンを落札した。それまで見てきた景色が変わった。

家庭用ミシンには縫える厚さに物理的限界があって、ちょっと欲を出して厚めの生地や折り重なりがあったりするとミシンは悲鳴をあげた。

ジグザグを縫えることや、文字模様が選択できて種類も豊富。普段使いには申し分ないのだが、なにか味気ないと思っていた。

ミシンに飽きてきたのかもしれないと思いつつも、足踏みミシンの写真を見てしまったのが最後、所有したい一心でまっしぐら。



ジャノメKTS550は、センサークラフト7000番シリーズと同型機であり、製造からはおよそ30年近く経とうかという(古い)ミシンだが、今でもヤフオクでも人気機種の一台であるようだ。

ところどころトルクスネジを使った、設計がしっかりしていてしょうもない故障が少ないいいミシンだ。

先日、ジャノメ社の人に聞いたら当時のセンサークラフトのミシンのレベルは最高ですよと。あのレベルのミシンは今作れませんね。と言っていた。違うレベルのいいミシンを作っているわけで、当時の開発者に謙遜しているとも取れる意見だろうと思いつつ、実際使っていて、とても使いやすいミシンであり信用できるミシンだと感じる。

足踏みミシンを入手するにあたってジャノメ、ブラザー、JUKI、シンガーなどのメーカーを候補に考えたが、家庭用ミシンでジャノメKTS550の完成度の高さに感動したこともありメーカーはジャノメに決めた。

そんなジャノメミシンの信頼感をイメージして昔のモデル、しかも足踏みで職業用
タイプを探し始めた。

どうやら761、763、766と三台のモデルがあって、766は2000年ごろまで販売されていたそうな。

この3モデルの内、当初763を探した。
763のデザインが一風変わった印象に感じたのだが、工業用で764、765とあり763は職業用としての設計だった。この、職業用と工業用の違いについて良くわからなかったが蛇の目HPではいずれもカタログをダウンロードできるので違いを知ることができた。

当時あいにく出物が見当たらなかったので、仕方なく761の黒いやつに方向転換して目星をつけ、勢いつけてオークションで落札入手した。

黒の躯体に「JANOME」とデカールされた直線的な印象だがところどころの曲線やアールがその直線イメージを殺さず引き立てているように思う。

当時の職業用TA規格、蛇の目独自のデザイン、日本人の手による当時として最高水準の技術だったはずだ。

次に感じたのは絶対的な堅牢性だ。
今のミシンはフレームに樹脂カバーされた軽量化を図った緻密な設計だが、761の本体はおそらくほぼ100%が金属でできている。

今のミシンは精密機器とか、コンピューターミシンをあらわしているが、足踏みミシンはメカ(機械)という表現がそのものずばりといえる。

761は金属素材だけの構造で設計は機械工学が基礎となっていて自転車や自動巻き腕時計、動力を電気エネルギーなどに頼らない足踏み機械だけの基本、本質が息づいているといえる。


もともとモーターをつけるようにブラケット、台などを装備しているメーカーや機種もあるようだが761にはない。

入手当初、YDKモーターを換装して電動化してみたが問題点を感じた。

一つはプーリー側のベルト溝とモータープーリーのベルト溝が本体正面から見てツライチにならなければならないが、買ったモーターについていた汎用タイプのブラケットだけではツライチにはならないしポン付けできない。20ミリほどのスペーサーのようなものを用意する必要がある。

これはホームセンターで基礎パッキン樹脂を買い、グラインダーで側面に合うよう曲面研磨加工した。

もう一つは、本体にモーターをつけるためにブラケットを介してボルトで固定することになるが、躯体に穴を開け、ネジきりするか迷った。ドリルで本体に穴を開けるのにはためらわれた。

右側面、プーリー下に2つ穴がある。上の穴を使うのは返し縫レバー、プーリー回転の関係などから難しいので下にある穴を使えないかと考えた。

穴自体はボルトを通せるくらいのいい感じだが、ナットを締める躯体裏側の構造が凸凹でナットを締めると凸凹の角の一部に負荷をかけることになるり、躯体自体をいためたり損傷してしまう恐れを回避する工夫が必要だった。これは、いつものネジ屋で「台付きナット」というやつを買って締めてみるとちょうど良い加減になった。

こうしてモーターコントロールでの足踏みミシン操作が万全にできるようになった。


2019年3月16日土曜日

絶滅危惧ミシン  精神修養

足踏みミシンはミシン台と一体のサイズ感が大きいし、家具と考えると最近のマンションなど限られた生活空間にミシンはふさわしくないと思われている。ポータブルタイプが主流になるのも頷ける。

大きいし、古い、整備していない場合は油で汚れ、時にはその油が固まっていたり埃が積もってフエルト状になったりもする。

そして使われずに邪魔者扱いを受け、最後は処分されてしまう。

自動車、腕時計、自転車、ミシン、機械物で普及した庶民が使うこれらのものの中で50年、100年使い続けることが容易にできるものといえば、唯一「ミシン」である。

最近見つけたブログで昭和遺産とか、家庭遺産、などと表現している方のHPを読んで妙に合点がいった。

先日も書いたが、手芸店のミシンパーツの販売コーナーの片隅に今でも家庭用・職業用足踏みミシンの革ベルトなどは販売されている。

現役で足踏みミシンを使う方が沢山いるのだろうと思う。

足踏みミシンしか使ったことのない人にすれば、コンピュータミシンは使い方がわからないし、使えない。

逆にコンピュータミシンしかしらない人は足踏みミシンなんて使えない。使える環境がないし、使いにくいという先入観もあるかもしれない。

足踏みミシンは、部品もメーカーが違っても共通規格が多く採用されていて流用できたり、使い続けることができる条件がそうさせているともいえる。

たしか、今の製造されたミシンなど、製造打ち切り後の部品保有は7、8年ほどで終わるためそれ以上の古いミシンは基本的に修理を断られる。

代用品で対応する場合や中古ミシンのパーツを流用することで古くても修理はしてくれるところもあるにはあるが、部品取りの中古が早々入手できないこともあるだろうから至難だ。

今のメーカーはメーカー規格だけでなく、ミシンの機種別の規格もある場合があって、押え金すら同じメーカーでも使えない場合なんかもあって流用性が乏しく、ミシンが普及しない要因をミシンメーカー自ら作り出している。(今のメーカーは積極的にミシンを普及させようとはしていないのではないかと思う)

ジャノメ史を読んだとき、昭和初期の当時の産業として統一規格を用いることでいろんなメーカーや部品製造の下請け会社までミシン景気が上向いていた。また、統一規格は世界戦略として強敵海外メーカーにオールジャパンで対抗するためでもあったそうな。

現在、すでに世界制覇を果たした国内メーカーは向かうところ敵なし状態であって、強いて言えば、敵は国内にいるのかもしれない。どこの会社でも仲間内で足を引っ張り合うのはそんな要因があるのだろうと考えてしまう。

俺の足踏みミシンはたとえ毎日酷使しても多少の手入れをし続ければ優にあと50年は故障しないような雰囲気をかもしている。たぶん、当時物の足踏みミシンには普通にそんなポテンシャルがあると思う。

ただ、今後ミシンメーカーが足踏みミシンの新型機種を開発するようなことはないし、現存する足踏みミシンは次第に消えてゆく運命にある。(まあ、そのころにはすでに俺も消えているが)


でも、足踏みミシンは生き残って形見として引き継がれ、大切に使われたりもしていることもあるようで、このようなミシンが存在しているのを聞き、知って少し嬉しい気もする。

ミシンもそうだが、元の持ち主もあの世できっと喜んでいるはずだ。

縫い進める音やリズム、機械なのに温もりを感じたりもする。引き継がれたミシンが前の持ち主を偲ぶ役割を果たしているような感覚を思う。

足踏みミシンの世界を体験して感じた限り、コンピュータの制御装置によらない、自分の手足の感覚だけで縫い進める機械、操作感や縫いあがり、そのアナログな手ごたえが感触いい。

手縫い、家庭用ミシン、工業用ミシンなどそれぞれの性質が違うみたいなので、何が一番というのではないが、足踏みミシンには足踏みミシンの世界観があるような気がしないでもない。

どんどん技術革新と新しい世界を切り開こうとしているミシンメーカーには最上級の敬意を払いつつ、足踏みミシンユーザーは自分の足踏みミシンを後世に引き継いで欲しいと思っているのは俺だけではないのではないかと思う。

問題は、足踏みミシンを使うにあたって、備える場所が必要なことと使い勝手が一癖あるところに敬遠されてしまう要因があると思う。

いかに足踏みミシンを有効活用するか、使い慣れることやその扱い方に工夫があれば生き残る方法はあると思う。

良くあるのはディスプレイとして店の飾りにおいているなども方法だろう。だが、実際に使ってもらってその価値は発揮すると思うのでやはり使い慣れることがいいのだろうと思う。いくら使いやすくなったという最新ミシンでも使い慣れることに多少の暇が必要なので、足踏みミシンも頭柔らかく考えると結局同じことなんだけどね。

むしろ、足踏みミシンの原理や構造、ボビンケースの糸調子なんかを会得したら最新ミシンの扱いにそう手間取ることなく使える応用性があるといえる。

もし、縁があって足踏みミシンを形見として譲り受けるような時が来たら、古くて大きくて場所取るからと廃棄処分を検討する前にほんの少し思いとどまってみて欲しい。あなたが今、そのミシンを処分してしまうと足踏み式ミシンの絶対数が減ることになる。



デメリット

①ミシンと台、セットで保管するための場所が必要。最新家庭用ミシンなどポータブルサイズに比べて大きいこと。作業場所を選べない。持ち運びに不向き。持ち運び出来ない。

②縫い基線は直線のみまたは直線とジグザグ程度のため一見地味。

③垂直釜でボビンケースと糸調子に多少の慣れが必要。覚えたら箸と茶碗を持つ位に簡単。

④古くて重く、汚い。故障?している。どうやって動かすのか、縫うのかわからない。→最初は誰でも同じ。自転車や自動車を乗りこなすことが出来たら、違う自転車や自動車にもすぐに適応できるのと同じで、ミシンも機種やメーカーが多少違っても理屈は同じ。

これらデメリットをクリアすれば、ちょっとした調整程度で再び使えるようになる場合が多いことがある。もし、修理が必要な場合でもその修理にかかる費用によるがその後の保全性が高く、末永く使えることがあり、修理費をかけるだけの恩恵を受けることができる。

さらにもっと良いメリットをお伝えしたい。
何でも便利になった世の中、マニュアル車はオートマチックに変わり、クラッチ操作がなくなった分、快適ドライブが誰でも簡単に実現できるようになった。しかし、クラッチ操作を知って、使うとどんなにも豊かなカーライフを送ることができるのと同じ、足踏みミシンにもそれに近い要素がある。

それは
①より縫い物の原理が理解できるようになり、2台目からのミシンにコンピュータミシンを選んだとしてもそのコンピュータミシンをいたわりながら使うことができ、結果的にミシンを大切にすることで長く使い続けることができる。

②コンピュータミシンは部品保有期間が過ぎると修理困難な場合があるが、足踏みミシンは金属部品が多いので故障率は低く、共通規格の補給部品は現在でも流通している。

③レトロ、アンティークといわれるような古くても今のデザインにはなくなった味のある要素が沢山あり、室内においているだけでも存在感ははんぱない。

④前の持ち主を偲ぶことで前の持ち主を立てることになり喜ばれ、縦横のラインを大切にする人感を印象付ける(かもしれない)

⑤サイズが大きいため、設置場所を確保することで縫い物をする心構えができ、精神修養の機会になる。怪しい占い、宗教に惑わされることがなくなる。

とまあ、⑤番まで挙げてみた。他にもまだあるが、今日はここまででおしまい。




2019年2月17日日曜日

”がっかり”という言葉を使ってみたかった ミシンショーは盛況

スーパーマーケットのレジで店員を怒鳴っているおっさんがいた。

レジに並んでいるとき、前のほうでおっさんが横入りした他の客に順番を抜かれたことに腹を立てレジの店員に向かって怒鳴っていた。店員はおろおろしてひたすら頭を下げ謝っていた。

こんな客もいるし、レジ店員も応対に大変だ。横入りした客も悪いが。

おっさん、更年期障害だろう。

たちの悪いのは自動車のあおり運転だ。横入りしたヤツに報復するようなもんだと思いつつ、どうでもいい風景を冷やかしながら散歩する。

自転車通行禁止の商店街で自転車に乗る少年をしかる初老の親父。
少年は自分をしかる初老の親父の後ろで自転車にまたがったおっさんとおばさんが通り過ぎるのをしかられながら恨めしそうに見ている。これ面白かった。

初老の親父は正義感だろうか、少年を諭していた。万が一にでも自転車事故は確かに侮れない。

確か、神戸で坂道を下り猛スピードで衝突したことで被害にあった女性が意識不明の重態で加害の少年の両親は損害賠償のため自己破産したらしい。

街には当然、いろんな考えや、人々が暮らしている。散歩するとそんなのを感じる。


先日、大阪ミシンショーが開催され、見学してきた。

工業用ミシンだけでなく、家庭用ミシン、ミシンに関連する企業などが参加している。最新機種を展示していてメーカーの話を聞ける貴重な機会だ。

出店ブースで見つけた板金屋さんも商売っ気たっぷりで営業トークが面白かったし、接客にぎこちない会社、やる気のない会社のやらされ感たっぷりの仕事ぶりなどミシンショーにまつわる人間模様も面白い見所だ。

ジャノメで案内してくれたスタッフからは貴重な話しを聞くことができた。ここでは詳細に触れずにおく。足を運ぶから得られる情報だ。


隣のJUKIはブラックモデルをケースに入れて展示していた。メディア受けして注目されていたらしい。(とジャノメのスタッフ)



すばらしいミシンだ。
実物はピアノブラックの、黒なのに奥行きのある完成された大人のミシンといえよう。

アクリルケースの中に入れて展示されていたので手触りはわからないが手に入れて大切に使いたくなるミシンだろう。

堂々の80周年記念モデル、SL-700EX BLACKだ。
https://www.juki.co.jp/topics/4248/






新しいミシンは魅力的だが、使い出すと愛着もわくし、そうそういつも新しいミシンに買い換えるようなものではないのと、新しいミシンが必ずしも性能が向上しているとはいえない。

もちろんどのメーカーも旧モデルよりも機能・性能が向上したとアピールするのだが、ユーザー一人ひとりに必要な機能だとは言い切れないし、欲しい機能がすべてかなうようなミシンもなかなか存在しない。

時代によって、装備される機能もあるだろう。新機能に加えるかどうかユーザーの技量も判断されたりするんじゃないかと思ったりもする。

コンパルデラックス(1981年)当時、直線基線を選ぶと針板の穴が自動に切り替えられ
た。当時ブラザーだけでなくJUKIやジャノメも独自の仕組みでそんな針板技術を採用していたが、その後しばらくしてからの各メーカーのモデルにはそんな機能はなくなる。

しかし、ここ最近の高級機種にぼちぼち復活して採用されたり、交換用の専用針板を付属したりしている。

JUKI HZL-550は二重環縫いができた珍しい家庭用ミシンだったが、現在の家庭用ミシンにはまだ二重環縫いの機能を復活採用するメーカーはない。確か、ジャノメやブラザーもチェーンステッチは採用していたが、一重だったと思う。上糸だけで基線を作っていた。

最新機種は新しい技術を導入して設計・製造されているが、1990年バブル期当時の設計思想とは異なっているようだ。進化していると言うことだろうが、切り捨てられた機能なんかで今にはないいいミシンは沢山あったのだと思う。

しかし、必要とされる人、国が時代によって変わり、今必要としている人に焦点を当てた商品開発なのだろうと考えたりする。

いろいろミシンを見学した中、ジャノメの中厚地対応の最新機種HD9もすばらしい一台だと思った。




ジャノメHD9
https://www.janome.co.jp/products/sewing_machine/normal/hd9.html


今回、時間の都合上家庭用ミシンはジャノメとJUKIの2社しか見学できなかった。

ジャノメ、JUKIどちらの商品も一級品で、世界で戦っていることからも申し分ないミシンである。二台取り上げたが、甲乙つけがたいし、好みの問題もあり、どちらか一方だけを所有しても後悔することはないだろう。

また、ミシンを購入するとなるとメンテナンスが大切だ。ほかにも修理などアフターサービスが重要だ。一般論だが良い販売店を見つけることがポイントになってくるだろう。



今回海外メーカー”ベルニナ”なんかは日本市場を相手にしていないためか、出展していなかった。

双方にとって呼び込むほどの魅力がないのだろうか、マーケットは「がっかり」なのだろう。
(”がっかり”という文言を使ってみたかった)


タイトルを続けて読むとまるでミシンショーががっかりのように読めるかもしれないが、決して今年のミシンショーは盛況でとても見ごたえある、見学して良かった。




2018年12月9日日曜日

ジーンズ作りは自由でよろしい。

先日仕立てたジーンズを何度か洗濯してみた。

仕上がりは洗濯する前は糊が利いているためか、カチッとした仕上がり。洗濯するごとにやわらかく、はき心地も快適になった。

反省点もないわけではない。

デニム生地はハギレを格安で仕入れるので個体差がある。今回の生地は確か、1メートル当たり324円(税込み)だったからこの値段でデニム生地およそ13.5OZのものは手芸店などでは入手はできないと思う。

安いのだが、その個体差のため、縮む割合が読めない。あらかじめ水通しするのでだいたいわかると思われるだろうが、水通しして縮んでいるのかどうかわからなかった。

今回で3本目になるデニムなので、初回モデルがあまりにも縮んだから今回も縮むだろうとびびりながら作業した小心者の俺。

結果、あんまり縮んでいなかった。

一本目の生地が縮みすぎたのか、あの時は水通しをしなかったから余計縮んだのか。

もうあの生地は探し出すことはできない。何度か買った店に行くが同じ生地は置いていない。

まだ、セイサクショカンパニーでは試作段階だと思えばよいのだが。

ジーンズについて、いろいろ調べていると奥深さにびっくりした。「沼」というのはこういうものだといえる。

生地の色、染料、縦糸と横糸、縫い方、デザインやパターン、タグは皮や紙、ステッチ、ステッチ糸の種類、色、ファスナー、ボタン、リベット、製造年や工場、ミシン、裾上げにチェーンステッチミシンでしてくれる店とか、必死で探している人もいる。

これらのあらゆる組み合わせや手法で無限大の世界であってしかもこだわりを持った人がいるそうだ。

自分で仕立てて履いて出歩く。

ただそれだけなのだが、ジーンズマスターになると相当な世界を知ることになるような予感がして少し寒気がした。(今日は特に寒い)

しかし、時々生地の厚みを表現するのにオンス表示して、この記事は○○オンスなので厚い生地ですなどと書いているのを見かけたが、違和感を覚えた。

厚みと重さは比例するわけではないと思うが違うだろうか。ある程度の判断材料としては外れてはないだろうが。

生地の重さは1平方ヤードの重さなので、生地を構成する糸の密度やそれ自体の素材でふんわり厚いものができたり、そうでないものがある。

改めて考えると、そもそもジーンズとは何をどのように作ろうが自由であって、できた製品に対して表現がおかしいということ自体、俺もどうかしている。

そうだ、「自由」だ。







2018年12月2日日曜日

修理したミシンで服を作る  ガキは出来ないだろう

今日の話しは、「俺はこんなにミシンを持っているんだゼ」という恥ずかしい内容なので、心してひやかしてくれ。

子供時分、母親のジャノメミシンでなんとなく使い方をマスターした。

10年ほど前「男のミシン」というブログに影響受け、ヤフオクで格安のミシンを買い、修理してみた。

ブラザーコンパルデラックス、コンパルエースⅡ、JUKI HZL-550フローラ、ブラザーLeMIEUX7000などを乗り継いだ。







手に入れた時点でどれも故障しているし、少なくとも動かすことができるまでに何らかの整備が必要だった。

これら同型のミシンたちは今でもオークションで取引されている。おそらく格安で手に入れることはできるだろうし、ちょっと面倒を見てやれば動くだろう。

ただ、製造年が古いと基本的に補修パーツは製造打ち切りだし、コンピューターミシンの場合は基盤、コンデンサや抵抗など、パーツを交換すれば直るものもあるだろうが専門知識が必要だ。

その点電子ミシンや電動ミシンは制御する仕組みがコンピュータミシンに比べ簡単にできているので修理も簡単な場合が多い。

これらのミシンはすでに整備を終え、きちんと縫えるようになり、何着も服を作った。しかし、どれもオークションで手放した。保管場所に限界があるのと、違うミシンに興味が移ったのが要因だ。

そして最近、とうとう足踏みミシンがメインマシンになった。さすがにミシンに対する視点が世間とずれているのだと気づいた。

しかし時々、ミシンをメンテナンスしている物好きさんのブログを見つけることもあるからマイノリティではあるが、まんざらでもない世界なのだ。

先日触れた最新家庭用ミシン、ジャノメ メモリークラフト6700プロフェッショナルやJUKI HZL-EX7などラグジュアリーミシンにも大変興味を持っているが、このあたりのモデルを導入するためには今までミシンにかけた総額の数倍、おそらく4~5倍の予算を見込む必要がある。
残り人生の取捨選択と優先順位を考えるとおのずと順位が下がる、認めがたい残念な現実。

一方、開き直って手に入れた中古ジャンクミシンを慈しみ、手入れして再びよみがえらせるという人生の最高の暇つぶしを見つけた。

服なんか作るのにプロの仕事のようには行かないのが当然で、ゆがんだ縫い目を見ていかにも家庭で手作りしました的な服を着て手作りの世界観を知った。

先日youtubeでプロの仕事を見た。まねはできでも何かが違う。仕上がりの完成度は話にならない。

ただ、自分で履くジーンズや服を自分で作っているという達成感がある。これに尽きるのかと今思っている。

手取り足取り教えてくれるソーイング教室にはおっさんなぞ遠慮願いたいだろうし、まさかおっさんが喜んでミシンを踏んでいる教室の風景を想像するのも怖い。講師はかわいらしい女性だろうか、それとも屈強な親父だろうか。まさか。


足踏みミシン全盛のころはまだアパレル市場も好況だったろうし、服は高価だったころ、庶民はせっせとミシンを踏み、自分で自分の服を作っていた。経済事情が大きかったろう。

今、買えばいくらでも手に入る服、とても安いし良質で種類も豊富だ。

プロがせっせと作った完成度の高い縫製技術の服と、自分で家庭用ミシンで作った服とでは雲泥の差かもしれないが、自分で作ったという満足感や達成感の喜びを知ったことがかけがえない体験になった。

ブログ、「男のミシン」は終了して閉鎖されたようだが、影響を受けた人達だろうか、ミシンブログを見かける。

ミシンをレビューしている人やミシン修理専門家だろうか、専門的な知識を披露している人など参考にさせてもらっている。

オールドカーや時計修理、オーバーホールなどとの共通したものもあるし、ミシンはヤフオクを見ていると初期投資が少ない。ただ、最近見ていると数年前よりも相場は高騰している印象だ。修理するユーザーが増えてきたのだろうか。

時々、気になったモデルのオークション入札経過をみていると、同一ユーザーと思しきIDを見かけ、ミシン関連のブローカーだろうか、相当数のミシンを一時に落札しているようだ。

そんな結果を見て相場勘を養うのだが、この錆びたミシンにこの値段かと言うほど錆びた鉄の塊をいい値段で取引されている。ケチな俺がまともに競争しても勝ち目はない。

足踏みミシンで特徴を挙げると、共通規格の設計なのでメーカーを渡っても使い回せる部品やアタッチメントなどで汎用性が高いから製造年が40年前、50年前のミシンでも修理が容易で基本構造が単純、金属パーツがほとんどなので壊れにくい。

一方、欠点を挙げるとすると、本体は鉄なので重く簡単には持ち運べない。台と一体で使用する設計なのでモーター換装してポータブル化すると本来の良さを失うと思う。操作制御には経験と勘によるところが大きく、万が一修理が必要になると持ち運びは大変で、専門家に出張も想定しないといけない。そうなると修理費に加え出張費も加算され、それなりの覚悟もいる。ある意味、大人でないと出来ない。

めんどくさいことのように思われるかもしれないが、自分で修理して服を作る。

醍醐味がある。






2018年11月28日水曜日

足踏みミシン チャンスがあるなら試してみよう

ただでさえ難しい縫製なのに、技量を求められ、製品としてたくさんの服を作る人達。

彼らは高度な縫製技術と量産体制で毎日のノルマとかロスなく完成させるように求められ、一日中ミシンに向かい、休憩時間はあるだろうが息つく暇もあるだろうか。修復できる失敗なら後戻りするだろうがだめとなれば貴重な資材をどぶに捨てたとしかられるかもしれない。

到底こんな高度なこと、仕事にしている人に対しては最大級の敬意を抱いていることを伝えたい。

俺は、遊びでしかも自分用に無責任に失敗してもいいやと、適当に仕上げている。
そんな俺の完成品を百貨店の売り場の陳列にまぎれたら、それはただの異物でしかなく、ましてプロが見たら一目で「百貨店売り場でまぎれているものは明らかに売り物の服ではないが一体コイツはどういうことだろうか」と瞬く間にはじかれるだろう。

慎重に縫っていても本来縫うべきラインをほんの一針か二針ずれただけでやる気が損なわれ、出来上がるとやはり悔やまれる。どう考えても報酬を得る仕事のすごさにはただただ脱帽する。下げた頭を上げることができない。

縫う作業だけでもこんなに神経をすり減らすし、まして裁断、アイロン、工程には順序もあるし糸、針と考えをめぐらしても考えすぎることはない。

最近ではシャツやデニムパンツ、パジャマを仕上げたが、一日中同じものを作っているわけではないしいつも新しいものに挑戦しているからかも知れない。しかし、似たような作業や工程を繰り返すうちにだいたい共通する手順や手法などにはある程度なれたこともある。徐々に腕は上がっているのだと思いたい。

(昨年作ったトートバッグの縫い目グダグダな加減を反面教師に大切に使っている)

縫っては解き、解いては縫い直し、そして洋裁をはじめた当初より幾分かは上達したぞと誰からもほめられるでもなく一人、しみじみしている。

ときに既製品を手に取りよく見てみると、当然服の生地は一つ一つ微妙に厚みも違い、手触りも当然違う。糸も違う。同じ生地はない。

もちろん仕事なら一人ではなく分業体制だろうから、工程すべてを股にかけるわけでなく、任された部分のみの範囲だろう。完成を見ず、ひたすらボタンホールだけとか、ひたすら襟だけとか、ミシンの特性に沿った工程順だろう。

完成した達成感とは少し違い、今日は一日のノルマをこなした職人だけが知る充足感だろうか。



話し変わって、足踏みミシンの特徴は、踏み板の踏み込み加減や革ベルトの張り具合、糸調子器のダイヤル調節、ボビンケースの下糸調整、押え圧調節ネジのネジ調整、だいたいがこんな仕組みと調整でネジ加減がすべてなのであって、コンピュータミシンの縫い目と違う。

違いを表現したいが今すぐに言葉が思い浮かばない。写真で違いを表現できるほどの腕前でもない。

ただ、コンピュータと言うからにはコンピュータミシンの縫い目、足踏みはその点においてより人間的に近い縫い目と表現したい。

使用感も当然違う。コンピュータミシンは小さいボディにテクノロジーが詰まった総合マシン。

一方の足踏みミシンは機械工学の叡智とノスタルジーを感じる。

自分の足でこぐので自転車のようともいえるが、実際に手にして足こぎして初めて体験する感覚はエレクトリックなモーターミシンが主流の今はここで足踏みミシンを論じても体験する機会がなかなかないのが実情だ。

足踏みミシンの使い勝手は、市販の現行普及ミシンとは違うもので、チャンスがあるのなら是非体験して欲しい。

もしかするとあなたの祖父母の押入れや部屋の片隅に追いやられているかもしれない。

ミシンの事で祖父母と貴重な話が聞けるかもしれない。そんな話をしたら祖父母はきっと喜ばれると思う。

そして、実際踏み板に足を乗せ、漕いだら、その足踏みミシンはもしかすると50年以上前の製品であっても不思議ではない。

家電やスマホ、なんでも古くなったから買い換えようとする現代。あなたが今踏んだミシンは今でも縫えるかもしれない。

俺のは縫える。特別ではなく普通に、そしてきれいに縫える。