2018年6月30日土曜日

貧困と子供

私たちの世界は、子供にこんなに貧困を強いる世界を作ろうとしたのだろうか。

日本の子供6人に一人は貧困だという。
(統計は都合のいい数値を並べるので当てには出来ないが)

金持ち大国ニッポンでもこの有様だ。

また、自分たちが納めている税金が、有効に活用されていることを前提にしてもこの実情だ。

QEENの「Is this the World We Created...?」で、彼らは訴えていた。


QEENといれば、ボーカルのフレディだろう。見た目やセクシャリティには強烈な印象があるが、個人的には音楽性は世界共通の共感できる魅力があると思う。

Queen Live Aid 1985 - Is This The World We Created
(youtubeにリンク)

QEENが当時1985年のライブで、彼らは優しい視点を持った立派なおっさんたちだった。

今、この世にはフレディはもういない。合掌。

2018年6月29日金曜日

腕時計ゴムバンドのマジックテープ修理

時計のゴムバンドの端にマジックテープがある。
カシオの腕時計のマジックテープ式の尾錠がついたタイプで、よくあるものだと思う。

このマジックテープが劣化して機能を果たさなくなった。縫い付けている端の一部がほつれているのだ。

かれこれ8年ほど使っている。付属に別のタイプのベルトもついているが、すでにベルトのふちが擦り切れて見た感じ、いたたまれない。ただでさえ汚いおっさんの腕がさらに汚さを増徴してしまう。

やってやれないことはないだろう。新しいベルトに交換するには余計な出費なのでここは自分で修理しよう。

マジックテープのやわらかいほうが痛んでいたので、汚れた古いテープ部分を取り除き、洗濯してきれいにした。作業前にきれいな状態で挑みたい。

準備が整ったのでいよいよ新しいものを縫い付ける。資材代は税込み100円のマジックテープと普段使っているミシンの余り糸だ。

腕時計は他にもあり、今所有している腕時計は5本ある。今思えば余計な買い物だったが、そのときは必要だと認識したから買ったので、なんとなくその日の気分で取り替えながらつけている。

実際、何かの記念にいただいたものや、メモリアルなものだったりするので、物を持たないというストイックな方には縁のないハナシだろう。本来は一本あればいいのだが、私は贅沢と節約の緩急が必要であるという、自分に優しい持論だ。

人の高級車をねたみ、物欲に勝てない自分である。いくらあっても金を追い求める精神は時に人を良くもするし、悪くもする。

ベルトの修理は思いのほかうまく出来た。やはり俺は器用だ。
この腕時計もできるだけ大切に使いたい。




2018年6月27日水曜日

チキンビリヤニ Chikin Biryani

たまには作ったことがない料理に挑戦してみる。

見かけた中で、ベーシックなシーズニングミックス(インスタントだ)を使ってみる。

作り方は箱に書かれているが、英語、フランス語、スペイン語、アラビア語、ヒンディー語らしき手順が書かれている。

こんなもんは大体勘だ。

そろえろと書いている食材にCurry Leaves とか、Green Cilies とか Tamarind pulpなど簡単には手に入らないものが記載されているが無視する。たぶん、カレー粉と鷹の爪を代用してできるだろう。

あと、鶏肉、にんにく、生姜、玉ねぎ、胡瓜、オイル、書いていないが茄子、トマト、月桂樹を入れよう。俺仕様だ。

仕上げはレモンを絞り、香采(パクチー、シャンツァイなどという)をトッピングだ。摘みたてバジルも添えよう。あらゆる香がうまくさせる。

分量は、これも大体だ。記載されているのは750gの米に対して、1/2カップ(1カップは175mlらしい)の水に溶いたシーズニングを炒めた具材にあわせて炊き込むようだ。

この料理の肝はタイ米(インディカ米)だ。これで作らなければだめだ。先日仕入れたすばらしいタイ米の出番だ。





2018年6月26日火曜日

交通事故のない世界

精神を病んだのではないかというような人を見かけた。

彼らは困っていることはないのだろうか。見ると、髪の毛を洗った形跡がないようだ。シャワーを浴びれば気持ちもリフレッシュするだろうに、身に着けている衣類も年季が入っているようだ。恐れ入る。

世界を歩くと日本にはいないような独特の人もいる。あれはあれで結構うまくやっているのかもしれない。なかなか簡単には比較のしようもないから、よい悪いの安易な判断はできないが、古来から一定数の割合で社会には存在しているのだろう。

思想信条の個別性、精神・障がい者、病人、老人、青年、子供、男、女、LGBT、菜食主義、いろんな人が住む世界だ。お互い、気持ちよい暮らしができるように願う。

セーフティーネットなど言う言葉もあるが、すべての人々を救うなどできないみたいだし、幸せも人それぞれの感じ方が違う。

珍しく、信号を守るお母さんと娘さんらしき二人の自転車が通り過ぎた。交通ルールを守れない大人がいる中で、小さな娘さんはお母さんと赤信号を待っていた。信号を守って停車している小さな女の子の横を何人もの大人が赤信号を無視して突破している。

この交差点で、大きな事故を見たことはない。しかし、ニュースを見聞きすると世間では交通事故がなくなったという吉報などはなく、命にかかわる事故も依然としてある。

思わず母親と女の子に表彰したくなった。

2018年6月25日月曜日

Tシャツの裾を切って短くした

かねてより長いと感じていたTシャツ3枚。

取り急ぎ、普段着るので長い裾を切った。かがり縫いして、ほつれにくくしてから二つ折りで二重ステッチで仕上げた。たいそうではなく簡単な仕上がりだ。

以前、普通のミシン針で縫うと、ミシン目に沿って破れた。

普通のミシン針が原因だと思い、ニット用の針を仕込み、仕上げた。あまり違いがわからないがニット針は生地を痛めないように工夫されていると知った。ミシンをいじっていると随所にコツや工夫があればどんどん仕上がりの完成度が上がる。売り物なんて見た目わからないけれど、相当いろんな工夫がされているのだろうか。

仕上がりの良さは簡易な手作りではまだまだわからない、到底及ばないのかもしれない。しかし、そのうち上達してくれるのではないかと思う。

ゴーヤの実が生りだした。第一号の収穫が待ち遠しい。

2018年6月23日土曜日

骨董市

骨董市に行った。

来場しているかたの多くは高齢の方で平均70歳くらいに思える。平日ならばそうでもないのかもしれない。

会場には一時代を築かれたシニアが生き生きしている様子を見ることができる。少ないが中には若者や外国人旅行者もいる。

中古、骨董、古物、ガラクタ、アンティーク、レトロ、ビンテージなどいろんな言い方やカテゴリーがひしめき合い、見て歩く。

手芸用品を出している店もあり、冷やかすとミシン針なんかも安い。しかし古かったり、サイズがまちまちなので自分が望むサイズがマッチすればいいかもなどとスルーする。露天(簡易テント)なので、気軽に見て回ることができるが、新品はないので注意が必要だ。承知で買うには安く上げることができる。

古着を扱っているテントも沢山出店しているが女性客が大半で、古道具や金物などはおっさんが群がる傾向が見て取れる。

ミシンを考えると、衣類や洋裁をする道具だが、きわめて多くの女性が使い、多くの男性が手入れするということなのかもしれないとつくづく感じた。人々の共同作業で衣類ができるのだ。横糸と縦糸の生地、布と糸で縫い上げる。そんなことを考えていた。



2018年6月21日木曜日

~実山椒の香り~

皆さんいかがお過ごしだろう。私は低調だ。

このブログを読みきるのには少なからずエネルギーが必要だと思う。体力、精神力に自身のない方にはお勧めできない。体力の回復を待ってあらためて訪れて欲しい。無理は禁物だ。無理せずスルーしてくれ。いつかまた会おう。


ご存知のとおり、ミシン作業は下を向いている時間が長く続くため陰気になる。毎度書いているが、鬱々として気分転換が必要だと感じている。読んでいただくなど相当の労力と疲労を与えていることと心苦しく思う。

気を取り直して、
実山椒を仕込んだ。市場で安く仕入れ、家庭でまかなうには1年間は大丈夫だろう。

煮魚やステーキソースの隠さない味付け、和洋中あらゆる場面で活用できるし料理の幅が広がる。

何より香りと独特の辛味だ。麻辣系というか、痺れるからさだ。

中国料理の四川料理などは青山椒を使うようだ。マーボー豆腐などは一例に過ぎない。

天安門事件の翌年に湖北省武漢に赴いたことがあって、そのとき現地の食堂で食べたマーボー豆腐をはじめ、麻辣系の痺れる辛さを体験した。

食後30分位は唇の周囲の神経が麻痺したことを昨日のように覚えている。唇はまるで麻酔注射をしたときの、(歯科治療の麻酔注射が近い感覚だと思う)感覚だった。食事ごと、毎回痺れていた。

日本では、唐辛子と山椒を混ぜて使うことはないのでそこまで辛くしないし、どちらかと言うと香りをつけ風味を上品に仕上げることに注力する。

お勧めは、ぬか漬けに少し加えると漬物がさわやかな香りをまとう。煮魚なんかは定番だが、世間ではどうされているだろう。市販の佃煮もなかなかやる。あ~~~~~~~~自分で書きながら山椒の口になってきた。我慢できない。今日は山椒と鶏もも肉で山椒焼きをメインにしよう。

晩飯ともう一つ、このブログを辛抱強く読んでくれている皆さんへ顧客満足度をあげるため、これからの方向性を告知する。自分に言い聞かせる。

今まで、文章だけで続けてきた当ブログだが、しばらくはこのまま続けるつもりだ。
しかし見た目が大事なので少しずつ学習しながらの小さな変更は加える。

今後の当ブログにおいて紹介のリンクを設けたり、写真を掲載するなどを検討しているのだよというお知らせだ。

まあ、こんなどうでもよいことを宣言しないとなかなか前に進まないのであえてそうした。

では。