2019年5月17日金曜日

ただいま航海中 オーバーオール ~構想・準備編~

5月も半ばを過ぎ、そろそろ夏を感じさせる気温上昇で水分補給をこまめにするなど熱中症対策を心がけましょう。


2月にオーバーオールを作ろうと計画した。

オーバーオールはいまどき人気がない。マーケットの中心ターゲットはお子様、女子の好む傾向があり、おっさんが着るとただの作業着となっていることが多い。(一部マニアを除く)

使用されている生地は通常のデニムが14オンス前後が標準のところ、11オンス前後が多く比較的にやや薄く感じ、一本に使用される生地使用量が多くなることもあり仕方がない。

メンズオーバーオールは販売している店舗も見つけるのに至難する。ネット通販ならあるのでないことはないのだが、人気は低いといわざるを得ない。

アイアンハートのモデルはちょっと注目したい。

アイアンハートはダブルニーという、前身ごろのウエスト下ら膝下にかけてもう一枚の生地をあしらわれたデザインが特徴で、膝部分の生地厚が二重になることで堅牢性を備えたものに仕上がっている。生地は21ozのセルビッジを使っているそうな。大人の男が着てよしという印象だ。

買うと3万円を超えるみたいなのでおいそれと手が出ない。懐事情を鑑み、コイツをオリジナル仕様で自作しようと考えた。オーバーオールという新たな領域に挑戦だ。

皆さんご存知のようにオーバーオールはエプロンのような胸当てと腰からつながる肩紐が一体につながった構成になっている。この部分が研究製作の醍醐味なのではないだろうかと思った。

まず参考にしたのはムッシュ杉本の「シルエットのきれいなメンズパンツ」だ。

少ないメンズパターン本のカテゴリーの中、オーバーオールを唯一掲載しているすばらしい本だ。素人には大変ありがたい。いつもの図書館で拝借。

ムッシュのパターン本は、簡単に仕上げることが出来るよう配慮されたところがあるので親切設計といえるが、半面若干物足りない気もしないでもない。

デザインの好みも分かれる。
ネット写真のアイアンハートのディテールとムッシュ杉本の本に掲載されている写真を穴が開くほど見比べてみたところ、ダブルニーの部分を除いても肩紐の背中の縫製方法に相当違いがあり、ムッシュ杉本のほうは後ろパンツの腰から上は連続した一枚続きを使用しているが、アイアンハートは前後ともウエストが切り替えられている。

細かい部分を見比べるとアイアンハートはさすがに評価が高いのもうなづける。

ムッシュ杉本のほうはパターン本としてパンツソーイングを初めてでも簡単に出来るように工夫されているのでこれからのミシン挑戦者にも入門編としてお勧めできるのではないか。

また、サイズも複数用意されているから女性でも着用できるサイズが備わっている。ストライクゾーンが広い。

実際写真モデルも男女二人が掲載されていた。女子用としてSサイズを製作してくれと言うことらしい。印象としては女子モデルの写真のイメージは、かわいいという印象があっていいのだがメンズの場合も、「かわいい」は悪くないが、これからオーバーオールを着ようとしている俺には若干歳を取りすぎた。

そんなことから、ムッシュの本を基本に、ディテールとステッチ、デザインのいくつかのヒントをアイアンハートに寄せたい。



生地はいつものハギレ屋のデニムでW幅×2m/700円(税込み)を2枚買った。
失敗しても痛みは最小限だ。ozはライトオンス程度かと思う。

市場調査に出かけた。しかし、メンズオーバーオールは散歩をしてもなかなか見当たらない。アイアンハートの取扱店で実物を調査したいのだがさすがに買いもしないものをじろじろ表裏調べ上げるのにははばかれる。

店員から声を掛けられまさか「調査のためです」などと答えることなど出来るほど大物ではないので、客として買うそぶりをかもしつつ、なんとなく買わずに帰っていくのもどうかと思い、そんな場面を想像すると販売店での調査活動は自粛した。

そんなことを考えつつ、写真を眺め2ヶ月ほどが経過した。





2019年5月15日水曜日

なんてことしてくれたんだ  言葉狩り

今日は書店と手芸店、資材卸売り専門店を訪ねた。

書店では雑誌の立ち読みはすれど、毎回ほぼ買うことはない。書店には悪いが金を出して所有したいと思える本が見当たらない。図書館で事足りてしまう。

手芸店でも買うことなく店を出た。買いたいものが見当たらない。

レザークラフトの資材卸売り専門店を冷やかした。レザークラフトを始めるつもりはないが、どのような品揃えなのか見てみたかったので立ち寄った。リベットも探した。

沢山の品揃えがあって、実店舗で手にとって眺めながら購入するかどうかを決めることができるというすばらしい店ではあったが、目当てのリベットは見当たらなかった。

やはりネット通販しかないのか。手にとって品定めしたいのだが仕方ない。
在庫を抱えた小売商売はジリ貧で、どんどん縮小の一途をたどっているみたいだ。

品揃え豊富な専門店を何も買わずに出たとき、店員さんから「どうもありがとうございました!」と気持ちよい挨拶の声がした。

何も買わない客にお礼を述べる店員(店・会社)と、買った客にだけ「ありがとうございました」と言う店員(店・会社)があって、だいたいが後者だと思っていたが、改めてさっきたずねて冷やかしただけの俺に対して御礼を述べる店員(店・会社)は改めて商売の原理原則の訓練を受けたのだと感じた。

古臭いおっさん世代以上の慣習のように思うが、このような態度、姿勢の店員がいる店、会社は訪れても気持ちがいい。今日はあいにく買わなかったが、いい店の印象が残り、この次再び訪れるきっかけになるし、もし欲しい品物を買ったときの充足感はネット通販の比ではなく充実するだろうと思ったりする。

買わなかった客にも御礼を述べる、たったそれだけなのに、それだけのことをしない店や店員がいるところではそれ以外のことについてのプレミア感が薄れてしまい、結果買わない。

前にも似たようなことを書いた。

自分の店の商品を買った客(俺)に対して、きちんと商品を包まない、(包まないし袋すら用意しない)店について書いた。

人手不足、非正規雇用、格差社会による労働者の質低下が一つの要因に思うが、これから先、令和になってもますますそんな雰囲気を加速するのだろう。むしろ小売サービスなどの質の低下は将来嘆かわしいものに進展していくのだろうが、今日の御礼を述べてくれた店にはすばらしい未来が待っている。

買わない客に御礼の言葉を述べるということについて、必要ないという考えも間違いではないし買わない客は客ではないという。

まあ、自分の店の商品が客に買ってもらえなかったという結果を受け止めるとき、店側は客ではなかったという結論に到達したということが言える。

買わなかった客に御礼を述べた店側の考えは、買わなくても店に来てくれたことの御礼、また来てくれたときに買ってもらえたら嬉しい的な御礼、お客さんの求めていたものを置いていなかったことを買わないという行動で教えてくれたことと受け留めたという御礼など、考えられる。そう考えると買わない客に御礼を述べるのはしたたかで謙虚、商売を考えている。

買わないので御礼を言われなくても当然と思うのだけれど、買わなかったのに御礼を言われて嫌な気はしない。むしろ次に行く機会があればあの店で買ってもいいと思える好印象が持続する。購買動機なんて単純な側面もあるのよ。

ミシンについても同様、売れない理由をマーケットのせいにしたり、いろんな理屈で売れないというよりも売る努力をしているのだろうかと思ったりもしないでもない・・・というと沢山の関係者を敵に回すことになるので、撤回します。

当然ミシンメーカー、販売店や営業の皆さんは血のにじむ思いで毎日がんばっているのでしょう。ミシンだけに限らず物が売れなくなった時代と言うことかしら。



「戦争で取り返すの賛成か反対か」と吠えた衆議院議員のウィキペディアを見たら、丸山穂高(まるやまなんてことしてくれたんだ)という読み仮名になっていて、荒らされていたようだ。面白かったので後で再び見たら、「この項目は著作権侵害が指摘され、現在審議中です。」と編集のアクセス制限かかっていた。この人も発言撤回したけれど世間からボコボコにされてたな。

一連の報道を見ると、いわゆる言葉狩りというヤツなのかもしれないな。



2019年4月10日水曜日

短い春  更年期障害

朝、目が覚めてベッドから起き上がろうか、どうしようかとぐずぐずしている。

天気によっても気分のよし悪しが現れたり、バイオリズムなのか、人々が活発になりだす木の芽の時期は要注意だ。気圧の変化によるものかもしれない。

散歩するにも気分がのらない。

特段身の回りのことに変化があったわけでもないから、まあ、おっさん更年期障害の兆しかもしれない。


約束の日時をメモしたが、メモごと忘れた。メモを書いたのは思い出したが、約束日時はとうに過ぎていた。

メモしたことを忘れているのだから、嫌なこと、腹立つことがあれば文字にして書けば忘れてしまうということだ。

ついこの間までこんなことはなかった。人間、生まれたときから死に向かって行く。自分も例外ではなく現実を受け止めなければならない。


パトロール先、立ち寄った近所の手芸店で子供さんを抱っこしたご婦人が店員にミシンのことを尋ねていた。置かれているミシンはどれもいいミシンだけれど、価格もいい。

俺にしたら高いと思うが、使いながら不具合や困ったときに対応してくれる、相談できるところで買い求めることが良いと思うので、先々の相談料込みの価格と思えば妥当なのかもしれない。俺が買うわけでもないので価格が高いなどとえらそうにいえた義理ではない。

ミシンは使うと必ずトラブルや故障、裁縫の壁にぶち当たる。自分で解決できればいいが、時には上級者のアドバイスや専門家の診断、調整や修理が必要な状態に陥ることだってある。

買ってくれた客だけ対応する店や他店購入ミシンは別料金で・・・というところもあるし、アフターサービスには店独自の対応してくれるところもあるようだからミシン選びは慎重になる。

手芸店を離れ、パトロールを再開した。しばらくまじめに散歩。これまた時々立ち寄る工具店を物色していたら、店員さんから声を掛けられた。「何かお探しでしょうか?」

俺はいつも何かを探している。「いろいろ探しています」と答えた。店員さん、俺がつけていたヘッドホンを見て、同じモデルを持っていますよと。5年ほど前に買ったがイヤーパッドが破れてから出番がなくなって引き出しの奥にしまって出番がなくなったらしい。

俺もイヤーパッドは破れたので交換した。ネットで探せば安いものありますよと話した。

そんなきっかけでヘッドホン、スピーカーや音響について話題が膨らんだ。店内で10分近く立ち話した。

半田こてが陳列しているのを見て、並んでいる商品は100Wまでなので他にないかたずねたところ見積もりしますよとのことでお願いした。メーカー在庫含め確認するので少し時間がかかるかもしれないと断ってくれた。時間はいつでもどんなにかかっても良いと伝え、連絡先を記載して店を出た。

話しかけてくれてほんの少し気分が軽くなったような気がした。

















2019年3月31日日曜日

ジャノメTA-761 カローラレビン このたとえは誰もついてこれないだろう 

先日の記事は、足踏みミシンを落札してYDKモーターを載せたというところで終わった。

今回は、モーター駆動させた足踏みミシン蛇の目TA-J761の使用感をお伝えしたい。

やっとのことでモーターをくっつけたのだが、結論から言うと、、足踏み台を仕入れた。終わり。


というのは説明不足だろうから縷々述べたい。

モーター駆動は大変速い。そしてパワフルだ。つけたモーターは職業用というから家庭用ではない。繰り返しになるが、速くて力強い。

沢山の縫い物をするのには重宝するだろう。
急いでいるときなんかもいい。
速度計などあれば数値化したデータが面白いだろうが、詳細はわからない。果たしてどのくらいの針数だろうか。

このミシンのカタログスペックは最大/毎分1500針だが、モーター駆動させることでもっと出てる気がする。

コントローラーをいっぱい踏み込むとモーターの回転による振動が本体を揺らし、まるで20年使っている俺の洗濯機の脱水時の振動と思えるほどの激しさだ。オーバーな表現かと思われるかもしれないが、力強いのだよ。

もちろんコントローラーの踏み加減次第でスローにもなるが、モーター駆動の醍醐味はやはりスピードだと思った。車にたとえると家庭用ミシンは自家用車、普通車。工業用はF1マシン、では職業用ミシンは・・・スポーツカーと言ったところだろうか。

だから、まあまあの速度が出るし、走る楽しさはたくさん走らせればわかるのかもしれない。ただ、それほど走らせる必要性が今のところないので俺にはちょっと手持ち無沙汰になっていた。

身の周りのちょっとした縫い物のために、まるでスポーツカーで自宅から数百メートルにあるコンビニエンスストアにぶっ飛ばして買い物に行くような。

人気スポーツカーランキング!(テキトーにネット調べ)

  • 第5位:ホンダNSX NA1/2型
  • 第4位:トヨタ86 & スバルBRZ.
  • 第3位:三菱ランサーエボリューション
  • 第2位:日産フェアレディZ Z33
  • 第1位:日産スカイラインGT-R R32型

第4位にトヨタ86があるので、俺の蛇の目はカローラレビンと表現したらどんぴしゃ的を得ているはずだ。女性にたとえると、高校二年の女子高生といったら全国の俺の女子高生ファンから顰蹙だろうが、そんな感じだ。

アクセルを踏めば後輪がキュッと鳴って立ち上がる、そんな敏感な瞬発力。

だから、街中に住んでいて歩いて用事が済んでしまうため、カローラレビンを出動させるにはちょいともったいない。あまりの近さに車庫から出すのもめんどくさい。

問題点というか、足踏みミシンの宿命と言うべき点があって、停止するのにはどうしてもアクセルオフしても惰性で数針進んでしまう。この点においては最新の職業用ミシンにはかなわない。止まりたいところでドスンと止まる、あのコントロール性はなんとも快適だ。

せいぜい小旅行程度で喜んでいたのだがさすがに街の風景をゆっくり眺めながら走ることのよさを思い描いて足踏み台を導入した。









2019年3月28日木曜日

蛇の目TA-J761 足踏みミシン モーターの取り付け

昔々、母親のジャノメでミシンを覚え、忘れかけたころにヤフオクでブラザーコンパルデラックスを修理したことがきっかけで再びミシンに興味を持った。

ミシンのブランクは30年近くあったが、修理したコンパルデラックスを使えるまでにそれほど時間はかからなかった。

ブラザーコンパルデラックスをきっかけにミシンを何台かヤフオクで落札しては修理し、修理したら出品してまた違うミシンを落札して・・・と何台かのミシンを使い、そうしているうちにとうとう足踏みミシンを使うようになった。

何台か違うミシンを修理して使ったけれど、どのミシンも良いミシンで、コンピューターミシンなどはいまでもボタンホールなどに重宝している。

そして、とうとう足踏みミシンを落札した。それまで見てきた景色が変わった。

家庭用ミシンには縫える厚さに物理的限界があって、ちょっと欲を出して厚めの生地や折り重なりがあったりするとミシンは悲鳴をあげた。

ジグザグを縫えることや、文字模様が選択できて種類も豊富。普段使いには申し分ないのだが、なにか味気ないと思っていた。

ミシンに飽きてきたのかもしれないと思いつつも、足踏みミシンの写真を見てしまったのが最後、所有したい一心でまっしぐら。



ジャノメKTS550は、センサークラフト7000番シリーズと同型機であり、製造からはおよそ30年近く経とうかという(古い)ミシンだが、今でもヤフオクでも人気機種の一台であるようだ。

ところどころトルクスネジを使った、設計がしっかりしていてしょうもない故障が少ないいいミシンだ。

先日、ジャノメ社の人に聞いたら当時のセンサークラフトのミシンのレベルは最高ですよと。あのレベルのミシンは今作れませんね。と言っていた。違うレベルのいいミシンを作っているわけで、当時の開発者に謙遜しているとも取れる意見だろうと思いつつ、実際使っていて、とても使いやすいミシンであり信用できるミシンだと感じる。

足踏みミシンを入手するにあたってジャノメ、ブラザー、JUKI、シンガーなどのメーカーを候補に考えたが、家庭用ミシンでジャノメKTS550の完成度の高さに感動したこともありメーカーはジャノメに決めた。

そんなジャノメミシンの信頼感をイメージして昔のモデル、しかも足踏みで職業用
タイプを探し始めた。

どうやら761、763、766と三台のモデルがあって、766は2000年ごろまで販売されていたそうな。

この3モデルの内、当初763を探した。
763のデザインが一風変わった印象に感じたのだが、工業用で764、765とあり763は職業用としての設計だった。この、職業用と工業用の違いについて良くわからなかったが蛇の目HPではいずれもカタログをダウンロードできるので違いを知ることができた。

当時あいにく出物が見当たらなかったので、仕方なく761の黒いやつに方向転換して目星をつけ、勢いつけてオークションで落札入手した。

黒の躯体に「JANOME」とデカールされた直線的な印象だがところどころの曲線やアールがその直線イメージを殺さず引き立てているように思う。

当時の職業用TA規格、蛇の目独自のデザイン、日本人の手による当時として最高水準の技術だったはずだ。

次に感じたのは絶対的な堅牢性だ。
今のミシンはフレームに樹脂カバーされた軽量化を図った緻密な設計だが、761の本体はおそらくほぼ100%が金属でできている。

今のミシンは精密機器とか、コンピューターミシンをあらわしているが、足踏みミシンはメカ(機械)という表現がそのものずばりといえる。

761は金属素材だけの構造で設計は機械工学が基礎となっていて自転車や自動巻き腕時計、動力を電気エネルギーなどに頼らない足踏み機械だけの基本、本質が息づいているといえる。


もともとモーターをつけるようにブラケット、台などを装備しているメーカーや機種もあるようだが761にはない。

入手当初、YDKモーターを換装して電動化してみたが問題点を感じた。

一つはプーリー側のベルト溝とモータープーリーのベルト溝が本体正面から見てツライチにならなければならないが、買ったモーターについていた汎用タイプのブラケットだけではツライチにはならないしポン付けできない。20ミリほどのスペーサーのようなものを用意する必要がある。

これはホームセンターで基礎パッキン樹脂を買い、グラインダーで側面に合うよう曲面研磨加工した。

もう一つは、本体にモーターをつけるためにブラケットを介してボルトで固定することになるが、躯体に穴を開け、ネジきりするか迷った。ドリルで本体に穴を開けるのにはためらわれた。

右側面、プーリー下に2つ穴がある。上の穴を使うのは返し縫レバー、プーリー回転の関係などから難しいので下にある穴を使えないかと考えた。

穴自体はボルトを通せるくらいのいい感じだが、ナットを締める躯体裏側の構造が凸凹でナットを締めると凸凹の角の一部に負荷をかけることになるり、躯体自体をいためたり損傷してしまう恐れを回避する工夫が必要だった。これは、いつものネジ屋で「台付きナット」というやつを買って締めてみるとちょうど良い加減になった。

こうしてモーターコントロールでの足踏みミシン操作が万全にできるようになった。


2019年3月16日土曜日

絶滅危惧ミシン  精神修養

足踏みミシンはミシン台と一体のサイズ感が大きいし、家具と考えると最近のマンションなど限られた生活空間にミシンはふさわしくないと思われている。ポータブルタイプが主流になるのも頷ける。

大きいし、古い、整備していない場合は油で汚れ、時にはその油が固まっていたり埃が積もってフエルト状になったりもする。

そして使われずに邪魔者扱いを受け、最後は処分されてしまう。

自動車、腕時計、自転車、ミシン、機械物で普及した庶民が使うこれらのものの中で50年、100年使い続けることが容易にできるものといえば、唯一「ミシン」である。

最近見つけたブログで昭和遺産とか、家庭遺産、などと表現している方のHPを読んで妙に合点がいった。

先日も書いたが、手芸店のミシンパーツの販売コーナーの片隅に今でも家庭用・職業用足踏みミシンの革ベルトなどは販売されている。

現役で足踏みミシンを使う方が沢山いるのだろうと思う。

足踏みミシンしか使ったことのない人にすれば、コンピュータミシンは使い方がわからないし、使えない。

逆にコンピュータミシンしかしらない人は足踏みミシンなんて使えない。使える環境がないし、使いにくいという先入観もあるかもしれない。

足踏みミシンは、部品もメーカーが違っても共通規格が多く採用されていて流用できたり、使い続けることができる条件がそうさせているともいえる。

たしか、今の製造されたミシンなど、製造打ち切り後の部品保有は7、8年ほどで終わるためそれ以上の古いミシンは基本的に修理を断られる。

代用品で対応する場合や中古ミシンのパーツを流用することで古くても修理はしてくれるところもあるにはあるが、部品取りの中古が早々入手できないこともあるだろうから至難だ。

今のメーカーはメーカー規格だけでなく、ミシンの機種別の規格もある場合があって、押え金すら同じメーカーでも使えない場合なんかもあって流用性が乏しく、ミシンが普及しない要因をミシンメーカー自ら作り出している。(今のメーカーは積極的にミシンを普及させようとはしていないのではないかと思う)

ジャノメ史を読んだとき、昭和初期の当時の産業として統一規格を用いることでいろんなメーカーや部品製造の下請け会社までミシン景気が上向いていた。また、統一規格は世界戦略として強敵海外メーカーにオールジャパンで対抗するためでもあったそうな。

現在、すでに世界制覇を果たした国内メーカーは向かうところ敵なし状態であって、強いて言えば、敵は国内にいるのかもしれない。どこの会社でも仲間内で足を引っ張り合うのはそんな要因があるのだろうと考えてしまう。

俺の足踏みミシンはたとえ毎日酷使しても多少の手入れをし続ければ優にあと50年は故障しないような雰囲気をかもしている。たぶん、当時物の足踏みミシンには普通にそんなポテンシャルがあると思う。

ただ、今後ミシンメーカーが足踏みミシンの新型機種を開発するようなことはないし、現存する足踏みミシンは次第に消えてゆく運命にある。(まあ、そのころにはすでに俺も消えているが)


でも、足踏みミシンは生き残って形見として引き継がれ、大切に使われたりもしていることもあるようで、このようなミシンが存在しているのを聞き、知って少し嬉しい気もする。

ミシンもそうだが、元の持ち主もあの世できっと喜んでいるはずだ。

縫い進める音やリズム、機械なのに温もりを感じたりもする。引き継がれたミシンが前の持ち主を偲ぶ役割を果たしているような感覚を思う。

足踏みミシンの世界を体験して感じた限り、コンピュータの制御装置によらない、自分の手足の感覚だけで縫い進める機械、操作感や縫いあがり、そのアナログな手ごたえが感触いい。

手縫い、家庭用ミシン、工業用ミシンなどそれぞれの性質が違うみたいなので、何が一番というのではないが、足踏みミシンには足踏みミシンの世界観があるような気がしないでもない。

どんどん技術革新と新しい世界を切り開こうとしているミシンメーカーには最上級の敬意を払いつつ、足踏みミシンユーザーは自分の足踏みミシンを後世に引き継いで欲しいと思っているのは俺だけではないのではないかと思う。

問題は、足踏みミシンを使うにあたって、備える場所が必要なことと使い勝手が一癖あるところに敬遠されてしまう要因があると思う。

いかに足踏みミシンを有効活用するか、使い慣れることやその扱い方に工夫があれば生き残る方法はあると思う。

良くあるのはディスプレイとして店の飾りにおいているなども方法だろう。だが、実際に使ってもらってその価値は発揮すると思うのでやはり使い慣れることがいいのだろうと思う。いくら使いやすくなったという最新ミシンでも使い慣れることに多少の暇が必要なので、足踏みミシンも頭柔らかく考えると結局同じことなんだけどね。

むしろ、足踏みミシンの原理や構造、ボビンケースの糸調子なんかを会得したら最新ミシンの扱いにそう手間取ることなく使える応用性があるといえる。

もし、縁があって足踏みミシンを形見として譲り受けるような時が来たら、古くて大きくて場所取るからと廃棄処分を検討する前にほんの少し思いとどまってみて欲しい。あなたが今、そのミシンを処分してしまうと足踏み式ミシンの絶対数が減ることになる。



デメリット

①ミシンと台、セットで保管するための場所が必要。最新家庭用ミシンなどポータブルサイズに比べて大きいこと。作業場所を選べない。持ち運びに不向き。持ち運び出来ない。

②縫い基線は直線のみまたは直線とジグザグ程度のため一見地味。

③垂直釜でボビンケースと糸調子に多少の慣れが必要。覚えたら箸と茶碗を持つ位に簡単。

④古くて重く、汚い。故障?している。どうやって動かすのか、縫うのかわからない。→最初は誰でも同じ。自転車や自動車を乗りこなすことが出来たら、違う自転車や自動車にもすぐに適応できるのと同じで、ミシンも機種やメーカーが多少違っても理屈は同じ。

これらデメリットをクリアすれば、ちょっとした調整程度で再び使えるようになる場合が多いことがある。もし、修理が必要な場合でもその修理にかかる費用によるがその後の保全性が高く、末永く使えることがあり、修理費をかけるだけの恩恵を受けることができる。

さらにもっと良いメリットをお伝えしたい。
何でも便利になった世の中、マニュアル車はオートマチックに変わり、クラッチ操作がなくなった分、快適ドライブが誰でも簡単に実現できるようになった。しかし、クラッチ操作を知って、使うとどんなにも豊かなカーライフを送ることができるのと同じ、足踏みミシンにもそれに近い要素がある。

それは
①より縫い物の原理が理解できるようになり、2台目からのミシンにコンピュータミシンを選んだとしてもそのコンピュータミシンをいたわりながら使うことができ、結果的にミシンを大切にすることで長く使い続けることができる。

②コンピュータミシンは部品保有期間が過ぎると修理困難な場合があるが、足踏みミシンは金属部品が多いので故障率は低く、共通規格の補給部品は現在でも流通している。

③レトロ、アンティークといわれるような古くても今のデザインにはなくなった味のある要素が沢山あり、室内においているだけでも存在感ははんぱない。

④前の持ち主を偲ぶことで前の持ち主を立てることになり喜ばれ、縦横のラインを大切にする人感を印象付ける(かもしれない)

⑤サイズが大きいため、設置場所を確保することで縫い物をする心構えができ、精神修養の機会になる。怪しい占い、宗教に惑わされることがなくなる。

とまあ、⑤番まで挙げてみた。他にもまだあるが、今日はここまででおしまい。




2019年2月17日日曜日

”がっかり”という言葉を使ってみたかった ミシンショーは盛況

スーパーマーケットのレジで店員を怒鳴っているおっさんがいた。

レジに並んでいるとき、前のほうでおっさんが横入りした他の客に順番を抜かれたことに腹を立てレジの店員に向かって怒鳴っていた。店員はおろおろしてひたすら頭を下げ謝っていた。

こんな客もいるし、レジ店員も応対に大変だ。横入りした客も悪いが。

おっさん、更年期障害だろう。

たちの悪いのは自動車のあおり運転だ。横入りしたヤツに報復するようなもんだと思いつつ、どうでもいい風景を冷やかしながら散歩する。

自転車通行禁止の商店街で自転車に乗る少年をしかる初老の親父。
少年は自分をしかる初老の親父の後ろで自転車にまたがったおっさんとおばさんが通り過ぎるのをしかられながら恨めしそうに見ている。これ面白かった。

初老の親父は正義感だろうか、少年を諭していた。万が一にでも自転車事故は確かに侮れない。

確か、神戸で坂道を下り猛スピードで衝突したことで被害にあった女性が意識不明の重態で加害の少年の両親は損害賠償のため自己破産したらしい。

街には当然、いろんな考えや、人々が暮らしている。散歩するとそんなのを感じる。


先日、大阪ミシンショーが開催され、見学してきた。

工業用ミシンだけでなく、家庭用ミシン、ミシンに関連する企業などが参加している。最新機種を展示していてメーカーの話を聞ける貴重な機会だ。

出店ブースで見つけた板金屋さんも商売っ気たっぷりで営業トークが面白かったし、接客にぎこちない会社、やる気のない会社のやらされ感たっぷりの仕事ぶりなどミシンショーにまつわる人間模様も面白い見所だ。

ジャノメで案内してくれたスタッフからは貴重な話しを聞くことができた。ここでは詳細に触れずにおく。足を運ぶから得られる情報だ。


隣のJUKIはブラックモデルをケースに入れて展示していた。メディア受けして注目されていたらしい。(とジャノメのスタッフ)



すばらしいミシンだ。
実物はピアノブラックの、黒なのに奥行きのある完成された大人のミシンといえよう。

アクリルケースの中に入れて展示されていたので手触りはわからないが手に入れて大切に使いたくなるミシンだろう。

堂々の80周年記念モデル、SL-700EX BLACKだ。
https://www.juki.co.jp/topics/4248/






新しいミシンは魅力的だが、使い出すと愛着もわくし、そうそういつも新しいミシンに買い換えるようなものではないのと、新しいミシンが必ずしも性能が向上しているとはいえない。

もちろんどのメーカーも旧モデルよりも機能・性能が向上したとアピールするのだが、ユーザー一人ひとりに必要な機能だとは言い切れないし、欲しい機能がすべてかなうようなミシンもなかなか存在しない。

時代によって、装備される機能もあるだろう。新機能に加えるかどうかユーザーの技量も判断されたりするんじゃないかと思ったりもする。

コンパルデラックス(1981年)当時、直線基線を選ぶと針板の穴が自動に切り替えられ
た。当時ブラザーだけでなくJUKIやジャノメも独自の仕組みでそんな針板技術を採用していたが、その後しばらくしてからの各メーカーのモデルにはそんな機能はなくなる。

しかし、ここ最近の高級機種にぼちぼち復活して採用されたり、交換用の専用針板を付属したりしている。

JUKI HZL-550は二重環縫いができた珍しい家庭用ミシンだったが、現在の家庭用ミシンにはまだ二重環縫いの機能を復活採用するメーカーはない。確か、ジャノメやブラザーもチェーンステッチは採用していたが、一重だったと思う。上糸だけで基線を作っていた。

最新機種は新しい技術を導入して設計・製造されているが、1990年バブル期当時の設計思想とは異なっているようだ。進化していると言うことだろうが、切り捨てられた機能なんかで今にはないいいミシンは沢山あったのだと思う。

しかし、必要とされる人、国が時代によって変わり、今必要としている人に焦点を当てた商品開発なのだろうと考えたりする。

いろいろミシンを見学した中、ジャノメの中厚地対応の最新機種HD9もすばらしい一台だと思った。




ジャノメHD9
https://www.janome.co.jp/products/sewing_machine/normal/hd9.html


今回、時間の都合上家庭用ミシンはジャノメとJUKIの2社しか見学できなかった。

ジャノメ、JUKIどちらの商品も一級品で、世界で戦っていることからも申し分ないミシンである。二台取り上げたが、甲乙つけがたいし、好みの問題もあり、どちらか一方だけを所有しても後悔することはないだろう。

また、ミシンを購入するとなるとメンテナンスが大切だ。ほかにも修理などアフターサービスが重要だ。一般論だが良い販売店を見つけることがポイントになってくるだろう。



今回海外メーカー”ベルニナ”なんかは日本市場を相手にしていないためか、出展していなかった。

双方にとって呼び込むほどの魅力がないのだろうか、マーケットは「がっかり」なのだろう。
(”がっかり”という文言を使ってみたかった)


タイトルを続けて読むとまるでミシンショーががっかりのように読めるかもしれないが、決して今年のミシンショーは盛況でとても見ごたえある、見学して良かった。