2018年9月7日金曜日

階段の踊り場

日本でのミシンの歴史は18世紀末ごろヨーロッパ、アメリカから入ってきたみたいで、ドイツ製ミシンを下取りしてシンガーを売り込み、下取りしたミシンは再び使えないくらいに壊してシンガーミシンを普及させたのが19世紀初頭という。

アメリカやヨーロッパで設計開発されて、アチャラの規格だったのを戦後、国内統一規格JISで防衛しながら国内メーカーを育成したことが功を奏して今のジャノメやブラザー、JUKIなんかが生き残っている。

図書館で借りた、ジャノメ史にはジャノメの創業当時のことや戦後の社内抗争(だろう)も記録され、ミシンにかかわる歴史に興味をそそられた。

最近特に注目しているのは、そんな歴史から見える物づくりや経過だ。

断片的ではあるが、俺の子供時分、リッカーがそこかしこと看板をかけ、ミシンといえばリッカーだった。母親のミシンはジャノメだが、ブラザー、東京重機なんかもあったろうが、俺の散歩道にいつもある看板は「リッカー」だった。

リッカーはセンセーショナルに倒産した。
自分としては三光汽船と並ぶ、大事件だった。

その後、バブル期があり、その崩壊が訪れる。(雑な経過だが俺の記憶だ)

ミシンが売れた時代から、売れなくなった時代。
(言い換えると、もっと魅力あるほかの品物があふれ出した時代)

歴史として、そのころからミシンのおとり販売なるものが現れたのか。関西ミシンセンターとか、ソーイングハウスなどという企業名が出てくる。しかも、残党がしたたかに地下活動しているとかいないとか。

もともと、ミシンは婦人の使用率が高く、婦人は基本的にメカに疎い。メカであるミシンを販売・修理するのはどちらかといえば男だから、構造的にはおとり販売とか、詐欺まがいのミシン販売契約を仕掛けてくるのは男であって、その犠牲者の大半は婦人だったのだろう。

「ミシンの迷信」というサイトがいまでもそんな事柄について記録されているのも面白いもんだ。

2018年現在では、ミシンは以前ほど更に売れない時代だと言われている。(らしい)

家庭用ミシンの有名三大メーカーのフラッグシップモデルなら20万から30万くらいか。

ヨドバシカメラで売れ筋、3万から4万くらい。

世間にミシン販売店の看板が影を潜め、いわゆる高価格帯の2、30万のものは売れない。ましてやミ迷信に書かれている詐欺まがいの仕事はいまどき後ろ指差されるし露骨な不正販売はできにくくなっている。

落ち着くところはヨドバシカメラなんかの家電量販店とネット販売、ミシン専門店、手芸店なんかとでそれぞれの性質を知った上で買われていく。

俺はヤフーオークションで中古ジャンクを落札し、故障しているとか、何らかの瑕疵を承知で取引するが、取引自体も遊びだからいい。

真剣にミシンを使いたくてそこそこの価格で落札して届いた品物は期待を裏切り動かない、だまされた!なんて普通の話。だますほうが悪いのだが、ネットなどの個人間取引は
そんなことがある。

物価から見ると、大卒初任給で、昭和の戦後にミシンは3倍とか4倍だったから、今のミシンは価格だけ見ると落ち着いたというべきか。

電子ミシンに始まり、コンピューターミシンに寄り道して、今は足踏みミシンにモーターを搭載している。

つまり、世間の産業の発展とは逆の方向に向かいつつあるようで自分としては最先端の家庭用ミシンを所有したいという気持ちとは裏腹で、洋裁をすることと、その道具であるミシンの整備・保全をすることが最近のたどり着いた「踊り場」といったところである。

向かうべきところがまだわからない。

2018年8月18日土曜日

バカンス

盆休みに引き続き、バカンスなのだ。

2018年8月9日木曜日

ジャノメ 職業用ミシン  プロローグ

その一線を超えたとき、新しい世界が俺を呼んでいる。

景色が違うのだ。と言うよりも、ただ、より高性能な機械を触りたいだけかもしれない。

ここで俺は、懐古する。

1950年代から60年代にかけてのミシンについて異常に興味をそそられた。

今回、世間ではレトロとか、アンティークとかいういわゆる「古いミシン」を手に入れた。

ジャノメ 職業用ミシン 761型だ。

取扱説明書は現在のジャノメホームページでダウンロードできる。とても親切な心意気のある会社といわざるを得ない。他の会社がどうかと言う比較ではなく、少なくともジャノメ社について純粋に考えてみた。

ミシンは売れてナンボの世界で、各家庭に一台、二台とミシンが普及することが何よりだが、現代社会では服作りやソーイングなどと趣味・余暇の範疇である限り個人がミシンにかけられる金は限られるだろう。

今、ミシン製造メーカーは厳しい時代にしのぎを削っているに違いない。ご苦労なことだ。

しかし、おかげさまで楽しくすばらしいソーイングライフが送れており、毎日が充実し、人生暇つぶしのクオリティが高まり、生きる喜びにつながっていることをミシン製造関係者の皆様に伝えておかなければいけないだろう。単なるありがとうと言う感謝の言葉以上のものを実感している。

ぼんやりした月並みな言い方になるかもしれないが、ミシン製造に携わる仕事や人々の偉業が今後の歴史を作り、今知りえるその歴史が先人の指先からつむぎだされたものである事実は変えようがなく、未来を切り開いているといえる。

たぶん、今回所有にいたったミシンは1950年代の戦後という時代背景と、当時活躍された第一線のエンジニアの先輩諸兄は戦争体験者か、戦争を知っている世代。もうまもなく90歳を迎えるか、越えていらっしゃるだろう。

間違いなく歴史が証明したミシン開発の偉業だと敬服せずにはいられない。きっと彼ら個人は歴史に名を刻むことなくミシンというプロダクト製品に情熱と命すべてをかけ、そのミシンが今もフル回転で俺のジーンズを縫うことだろう。

ジャノメさんには悪いが、現役マシンを紹介したいところだが、懐具合がしょぼいので新品が買えない。情けない限りだが、せめて静かにジャノメ史に刻まれたマシンだという事実を伝えたいと思った。
今回入手したミシンについては今後も紹介したい。



2018年8月7日火曜日

ジャノメ TA-761 古きよきミシン 

近頃おかしな習性にとらわれている。

また、ミシンを買った。

ジャノメTA-761だ。


とてもきれいな状態で、塗装もところどころはげていたりはするが前の持ち主の方は大切に使われていたと想像する。きっとすばらしいご婦人だろう。

ミシンをきれいに使うなんてすばらしい。異常もないし、まして故障なんてまったくなかった。

正回転すると釜先と針があたるようだ。診断してみよう。

どうやらついている針が曲がっていたようだ。プーリーを逆回転させると動く。針を新しいものに付け替えてみると一切問題ないことがわかった。


しばらく使われていなかったため、油が切れていた。

注油するまえに全体をクリーニングしてみよう。きれいな状態だが、うっすらと埃なんかを纏っている。

軽く拭いただけだが、きれいだ。美しい。黒光りしている。まるで漆の光り方に似ている。プラスチック樹脂のボディーが当たり前になった現在のミシンとは違う。

鋳物合金だろう、全体の金属感、そして重量もある。体重計で計ると16.5キロだ。(頭部のみ)

今回、オークションで競ることなくぶっちぎり単独落札した。誰もついてこなかった。価格が相場よりも遥かに高かったためか誰も見向きもしない。

しかし俺は欲しいと思った。いいミシンに違いない。なぜかわからないが確信めいたものがあった。



確信は的中した。

注油が必要で、プーリーを回すと動くことは動くが重い。脚踏みミシンだから軽く自転車のペダルと車輪のように軽く回るはずだ。しばらく注油と全体を詳しく見てみよう。

しばらく遊び相手が見つかった。
きちんと箱に収まっていた。

丁寧な梱包だった。感謝。
                                                             
威厳ある風格だ。すばらしい。


2018年8月6日月曜日

原爆の日のニュース

原爆の日だ。

今年の原爆関連ニュースはやや消極的に見える。

年々被爆者が亡くなり、他人事になってきつつある。

自然淘汰という言葉にあるとおり、報道もいつしかそうなると思う。

興味がなくなると見てくれる人がいないため視聴率が低下し、スポンサーがつかない。報道をコントロールしているテレビ局は報道材料としては魅力を感じない→報道内容が縮小される。

新聞も似たようなもんだ。


2018年8月4日土曜日

腕時計の電池交換 SWATCHのステイタス

電池がなくなったので、交換せずしまいこんでいたスウォッチの腕時計を改めて電池を入れようと買いに行った。

サイズや規格が合わないと故障の原因になるからとスウォッチの店に出向いた。

店員さんから、「何をおさがしですか?」とたずねてきたので、「電池を買いに来ました」と言ったら、店員さん、「今、無料で電池交換サービスをしています」と。

最初、無料ですといわれ、交換作業の工賃がタダになると思い、「では電池代金はいくらですか?」と聞いたら、電池代も要らないという。


まあ、作業といってもスウォッチの場合、時計の裏にある電池を入れるふたにコインで開けることができるようになっていて、誰でも簡単に電池さえあれば交換ができる構造だ。

電池を買って自分で交換したらいいのだと思い、規格に合う電池を買うだけのつもりだったが、きちんと交換してくれて動作確認をし、受け取るだけで一切の金を払わずに済んだ。

「無料」に反応してしまう俺だ。タダとは何だ?金を払わないで新しい電池を入れてくれ、交換にかかる作業代金も要らない。

無料とはありがたいが、素直に喜べない、ゆがんだ人格を形成した俺。

考え方を変えよう。

俺はスウォッチ時計を買った。
買ったのでスウォッチ時計を所持しているステイタスがある。

電池交換完全無料サービスの恩恵を受けた。

まあ、今回は無料の恩恵を受けた手前、スウォッチには感謝の念を素直に発表しよう。スウォッチの皆さんありがとう。

今回、「感謝」のラベルを作った。










2018年8月1日水曜日

今日のメニュー 野菜のフルコース

高い。

夏なのに夏野菜も高い。もやしや玉ねぎ、ジャガイモは価格変動が少ないようだが、人参もやや値上がりしている。

輸入のブロッコリーなんかは一時期よりも落ち着いた感があるようだ。

毎日八百屋で野菜を見ていると、こんな感じだ。世間の家計とキッチンを預かるご婦人(ご主人)などは厳しい状況であると共感いただけるだろう。お子様が育ち盛りの親御さんの経済的負担も相当だろうと思う。

魚屋はもうすでに数年前から鮮魚を扱うきちんとした店は近隣になく、唯一一軒だけ、その日のうちに売り切るスタイルの魚屋があるが、近隣住民の高齢者が朝から買いあさり、夕方までには店じまいしているし、タイミングよく鮮魚にありつけても年寄りの買いあさった売れ残り感満載だ。

このような貴重な鮮魚店では、年寄りが暇な隙に買い占めた残り物しかないと知れ渡っているためか、または夕方には閉まるため仕事帰りのお客さんはこの場所に魚屋があるなんて知らないだろう。

その点、肉屋は野菜や鮮魚よりも買いやすい価格で、ついつい肉料理が中心になってしまう。たぶん国家は食料供給などについては肉食を推奨しているのだろう。

以前にも書いたと思うが、米は農家の保護政策でタイ米などは日本の米と同等かそれ以上でしか買えない。肉も実は世界では安く取引されているのに関税がかかるので輸入物の一部は高くて普段使いには買えない。ラム肉がそうだ。

国を操縦している議員さんの給料はヒエラルキーの頂点あたりをキープしているだろうから下々の苦境など関係ないだろうし、どうしてくれるわけでもなさそうだし。

バターなんか、年末になると供給不足に陥るのは最近のおきまりになっている。今年も来るぜ。

経済事情にもよるのだろうが、とりわけ貧乏カテゴリー層はしんどい感が否めない。ここで弱音を吐いても仕方ないので、工夫することが何よりだろうと思う。

安い肉、魚、野菜を探していかにうまく料理するか。手間隙がかかるのに仕事で忙しい世代はそんなことしてらんない。

いつかこのブログを読み返したとき、爆発的に経済回復をとげ、好景気に沸いていたら何を書いているのかさっぱり意味がわからないと思うようになればいいのだが。

暑い夏の熱エネルギーを溜め込んで寒い冬に使えたらどんなにいいか、安い野菜を買って、高騰したときに鮮度を保ったまま高騰した時期に使えたらいいんだが。未来の科学者に解決してもらおう。

そう、市場で売れ残った服は燃やしているし、豊作だと土に埋めていると聞く。市場に流通するときの値崩れを防止するためだ。資本主義経済では市場原理があって、末端が割を食うのは当たり前で、いかに工夫したり悲劇を喜劇に変える発想で影響を最大限有効活用することに尽きる。

今日は野菜サラダと野菜しゃぶしゃぶ、野菜炒めに野菜寿司、野菜BBQ、締めは野菜ケーキと野菜アイスで決まりだ。