2018年7月16日月曜日

本日大掃除

今日は一念発起して家の大掃除をする。

狭い居室だが物があふれ返り埃がたまっている。久しぶりに拭き掃除をする。

2018年7月15日日曜日

夏の事故

これから夏本番になり、水辺の事故が増える季節だ。

だれも気づいていないだろうが普段、私は静かに交通安全を主張している。季節柄、アウトドアや旅行などイベントがあることで景気も活気付くのだが、比例してさまざまな危険が増える。(はずだ)

地震や天災などの自然災害もさることながら、レジャーでの人身事故に人事ではない。

先日、自動車を発進させるときに安全確認を怠ったゆえの悲劇があった。自分の子供をひき殺したという内容だった。こういった事故は日常的に起こりえるわけだが、季節柄の事故もニュースで聞くと同様に底のない深い悲しい出来事に映る。

親は自分がひき殺した子供のことを成仏するよう祈り続けるのだろうか。残りの生涯に、ひと時も忘れることなく。

私は、普段から自宅近辺を散歩すると自動車が一時停止の標識があるところで一時停止無視をする場面をいつも見かける。現行犯逮捕してもいいくらいだが、やり過ごしている。

あの運転している人物は身近な家族が交通事故被害を受けたことがないだろうし、ましてや自分の子供をひき殺したこともないだろう。たかが、一時停止くらい無視しても大事故にはならないだろうからどうでもいいや。まさか出会い頭に子供が飛び出すことはないだろう。・・・・と考えているのだろう。100万回、事故がなくても100万1回目に事故があるかもしれないとは考えない。

死亡事故は毎年減っているとはいえ、自動車は基幹産業だから、受益者が多いため関連会社に責任は及ばないし、無責任に見えるが誰も咎めない。交通違反を取り締まったりして交通安全を啓蒙する警察活動に頼っている。

2018年7月13日金曜日

magniflex-FX  ~マニフレックスのダニ~

マニフレックスFXを使っているのだが、最近ダニが繁殖しているのか、寝ているとかゆい。

かれこれ5年ほど使っているが、買ったはいいが、メンテナンスについては深く考えていなかった。

そもそもマットレスは丸洗いができない。できるのは専門業者だけだろう。

「マニフレックス ダニ」とか、「マニフレックス 手入れ」で検索するといろんな問題があるようだ。

普段は、時々立てかけて風通しよくした部屋で乾燥させたり、定期的に表裏、上下を交換することと、除湿シートを敷いている。

この程度ではさすがにダニが喜ぶワンダーランドに仕上がったわけだ。

「ダニ退治」で検索すると、どうやら方法があるようだ。

①天日干しはやめとけ。労力の割りに効果が乏しい。
②掃除機を満遍なくかける。
③とっておきは「スチームアイロン」だという。

他にも方法はなくもないが、探してみた感じではこんなもんかと。

今日、早速②、③を試す。








2018年7月12日木曜日

NHK集金人が来た

昨日、インタホンがなるので見た。

モニターに30代くらいの男。NHKという。

我が家にはTVがない。なぜNHKがくるのか?

男は言う。「テレビを置いているとNHKと契約しなければいけません」

俺は、テレビはないと伝えた。

男は食い下がる。「携帯のワンセグ機能があれば、同じなんですよ。契約が必要になります。お持ちですか?」

俺は、テレビもないし、携帯電話も持っていない。テレビを見たいとも思わないし、NHKなども見ることはない。契約したければ俺にテレビを献上しろと追い返した。

我が家の周辺、知る限りにおいてNHKと契約したなど聞いたことがない。近隣の玄関にNHKシールが貼っている家を見たこともない。

確認したが、半径1000メートルの間において一軒たりとも貼っていない。(見落としたのかもしれないが)

NHKと契約する人などいないと思うのだが、集金人がうろついているところを見ると、付近に契約者がいるのか?

まず、テレビは金輪際見ない。必要ない。買わない。あげるといわれても要らない。電気を浪費するだけ損だ。

NHKは公共放送で偏りがないといいつつ、公共でもないし、偏りまくりだ。ましな番組一つでも作ってみろ。

テレビのすべてを否定するわけではないが、テレビの波及する影響は人間の弱みに付け込む何か深層心理の奥深くに麻薬のような、やめられない習慣や悪い腫瘍が時限爆弾のように仕掛けられているように思う。

テレビを見るのは自由だが、知らぬ間におかしな精神世界に陥る。



2018年7月11日水曜日

食べ物屋の評価、共感について

家の近所の商店街は行列のできている店もあれば、シャッターが降りきったままの店もあり、飲食店なんかは新陳代謝が激しく1年と続かない店も良く目にする。

新しくできた店も一年と持たないだろうと思っていると案の定、半年位で閉店していた、なんてよくある。特に飲食店は難しいのだ。

そんな競争激しいところでも10年以上続いている良店もある。際立つよい特徴があって、
お客さんが飽きないし、がっかりさせない努力がある。運もあるんじゃないかと思うが。ずるい商売をしていないという点で共通しているように思う。

食べログやミシュランなんかの情報で下調べした店が、評判どおりではないことはあるが、そんな情報は人の評判なので基本的に私の信用度は低い。

行列のできる店が良いかと言うと、それもどうかと思うし、飲食店の良し悪しは利用してみないことにはわからない。

自分は良いと思っても連れがよくないと感じることだってあるのだから、評価するのは難しいし、それを共有することはもっと難しい。

いかに情報を共有したり共感することが大変なのかを考えさせられる。

人と同じこと、同じであることに評価が集まり、共感したりできることに注目される傾向はしばらく続くだろうから、人と違うことを発表することがどれだけ難しいかを思い知らされる。






2018年7月10日火曜日

ファスナーの値段

プロフィールとタイトルを変更した。

プロフィール名はセイサクショカンパニーとしているが、会社組織ではない。拡大解釈すると個人商店だ。

商店といったが、営利商売をしているわけではなく、一人遊びといったほうが的を得ている。

今年3月ごろから続けているが、しばらく続けると思う。退屈しのぎで見てもらえばありがたいが、何を書いているのかさっぱり意味がわからないことのほうが多いかもしれない。

自分でもそう思うので人はもっとそう感じているに違いない。著述家でも小説家でも文筆活動家でもないので秀でた文章や視点を持っているなどはない。残念なぼやきと思う。

平凡で幸せな毎日をだらだらと送っている日常の少しを発表しているのだ。

不幸な、非凡な話はニュースになるが、このブログではそんな話には縁がない。(と思う)箸休めにしてくれ。



昨日、散歩途中に手芸店に立ち寄った。
以前から気になっていた店があった。ファスナーが安い。不ぞろいだが、籠にまとめて突っ込んであり、一本30円(税込み)という札が置いてある。

10本買った。8本でも良かったが、240円で、店主が200円でいいよ、といいそうな人柄なのであえて10本にした。細々と営業している様子が見て取れ、儲かっていないだろうけれど、いつも感じのいい態度で接してくれる。感謝。

物には値段があるが、国や場所が違うと価格なんてないのがわかる。

韓国旅行のときに出会った青年たちから、1本1ドルのコーラを2本買ったたとえ話を聞いた。

コーラ2本でいくらでしょうと言って、私が2ドルと答えたら、彼らは「それはわかりません」と言った。

資本経済の今、こんなことで成り立つのかわからないが、少なくとも物の値段なんてそんなものかもしれないと思えば、欲しいものを安く買えたと喜ぶのもわかるが、ぼったくられたと嘆くことももしかしたら滑稽なことなんじゃないかと思ったりもする。

ファスナーは20センチか25センチくらいのズボン用とあるが、財布かキーケース、ポケットなんかにも使えそうだ。せいぜい遊ばせてもらおう。




2018年7月9日月曜日

技術と技能

手直しした帽子をかぶり町をぶらついた。

すれ違う人は誰も俺の姿、帽子など気に留めないしとめるはずもない。

帽子はまるで一見売り物のような出来栄えなのでまさか自作の帽子をかぶっているなんて思わないだろうし、おっさんの歩いている姿などだれも気に留めない。

そして、今日は自分で作ったジーンズをはいて、自分で作った帽子とカバン、その中にはまたまた自分で作った財布を忍ばせている。

こんなオリジナルな服を、上から下まですべてとは言わないけれど、俺率60パーセントくらいだ。

人生短いかもしれないので、残りを楽しむべく過ごしている。
いちゃもんをつけてくるやつもいないし、自分で好きに生きている。

前にも書いたが、器用すぎて人からうらやましがられるのがつらい。エスカレートしている人はねたんでくる。頼むから、勝手にねたまないでくれ。いや、勝手にどう思おうと勝手だ。思想信条の自由、言論の自由があるのだ。

隣の芝は青く見えるのだよ。

たとえば、何か失敗した話や、ざま見ろ的な話を喜んでいるような人っているでしょう。人の不幸を見るのがストレス解消!みたいな。

それ、根暗な日本人に多い特徴だと思う。根暗な日本人は、民俗学的に証明されている。
こんなことをほざくと、噛み付いてくる人、いるでしょう。そんな人のことである。

おっさんになると、そんな外野は気にならなくなるのだよ。気にするおっさんもいるだろうが、私は気にならないし、気にしたところで仕方ないと思っている。

いま、改めておっさんになるということを考えたとき、潔さや誠実、嘘をつかない、交通ルールを守る、そしてミシンを操り整備調整する。こんなおっさんが出来上がった。

家ではちゃんと飯も炊く、おかずだって二日と同じものはない。最低品数は一汁三菜プラスぬか漬けだ。フレンチやイタリアン、中華、洋食、和食、アジアエスニック、一通りできるし、店で食べるクオリティよりもうまいと証言する、嘘はない。(と思う)味覚音痴のやからにはわからないだろうから、余地を残しておく必要があるということを付け加える。

知人が簡単にできておいしいレシピを教えて欲しいと要求してきた。
教えたのはレシピであり作り方のヒントではない。

後日知人は、「教えてもらったとおりの料理を作って食べたがおいしくなかった」と
言った。

そもそも料理は簡単ではない。
そして簡単なおいしいレシピだけでおいしく作ることは簡単ではない。
だから、あなたにはできないのだよ、と言ってやった。

キッチンで横で見ているのにまったく同じ料理を作ることほど難しいことはない。
料理だけでなく、仕事を隣で見ていて自分にもまねすればできるなどと安易に考えている人はおろかだ。残念だが、技能とはそんなものだ。わかる人にはわかる。わからない人にはわからない。仕方がない。