半年ほど前、本屋で立ち読みして買おうかと迷った挙句、やめた。
いつでも買えるだろうと不要不急だったので買うのをやめた。
不要不急という言葉を使ってみたかった(笑)
先日、改めてこの本を買いたいと思って調べるとどこも売り切れ、絶版(重版未定)だった。急いで楽天ブックスで在庫を見つけて買った。こんなことなら新刊本のうちに買っとけばよかったと後悔した。
今日はこの本のレビューをしてみよう。
男シリーズの名著!
タイトル:男のエプロンの本
著者:島崎隆一郎
定価:1600円(税別)
この本は、単なる型紙本ではない!
著者の著書はほかにシャツ、コート、ミリタリーウェアが好評発売中だ。
しかし、なぜだかわからないが、男のエプロンの本だけが絶版(取り扱い不可)になった。
この本は、実は先にあげた3冊にはない要素で構成された著者の独自性の表れたすばらしい名著である。なのに、絶版になったみたい。増刷しない。
一般の型紙本は付録として最終頁あたりにポケットがあって、型紙が折りたたまれて収納されている。しかし、この本は型紙は本のページに縮小サイズで掲載されており、その小さい型紙を拡大する必要がある。やや実用性においてハードルが高い。
全体に通じて言えるのは写真は雰囲気を醸しているのでマニアック性があり、エプロンに対する独自の世界観を表現することに成功している。
残念なのはこのマニアック性が仇となったのではないかという点。本来ならば、専門性の高い、マニアックな世界ほど書籍の役割としての叡智のはずであってほしい。
商業主義と専門性が折り合わない結果の絶版だったと言えるのではないかと邪推してしまった。
飯を食うためには売れる本を作ることが出版する側の責任だろうけれど、売れない本だからよくない本とは言えないはずで、この本が売れない本だったかどうかは知らないが、絶版になった要因がマニアックな世界観なのだろうと思わずにいられない。
「男のエプロンの本」というタイトルから想像すると、マニアックな少数者の求める本が絶版になるのは社会的な損失であり、そんな世界にちょっとだけ残念な未来を想像してしまう。
今のところ、絶版(重版未定状態)なので新品は手に入れることはできない。定価より上乗せしてやや割高になる中古本は少し在庫があるようだ。やがて在庫がなくなるにつれて販売価格も吊り上がる。図書館の蔵書も少ない。将来的に大学図書館か国立国会図書館にお世話になる人も出てくると予言できる。そんな一つの、男のエプロンの世界感を作ったという観点からも素晴らしい名著だと評した。
最後まで読んでくれてどうもありがとう。
おわり
2020年3月30日月曜日
2020年3月28日土曜日
さようならSEIKOダイバーズ KNETIC
いつだったか忘れたが、腕時計の話題に触れたことがあったので思い出して今日も時計の話。
今日、ヤ〇ーオークションに出品した腕時計が思いのほか高値で落札された。
海外の空港で買ったSEIKO ダイバーズウオッチ200M。
キネテックという機構の時計で、故障してしまいメーカーに修理相談したが交換部品がないからとやんわり断られてしまったヤツ。しばらく引き出しにしまい込んで忘れていたところ、ミシンをオークションで売りさばいたのを契機にこの際だから処分品をかき集めてみようとしたら最初にこの時計が浮上した。
購入したときについてきたギャランティカードにFEB-2001とある。ずいぶん時間が経った。カードの日付を見て、期限切れ旧パスポートのスタンプを確認するとsingapoleとある。
俺は、当時行ったことのなかった国、シンガポールに初めて訪れる機会があった。
乗っていた船は売却されることになった。売却先のシンガポールまで航行して港について下船した。時間を見つけて市内観光して、他のクルーとはそれぞれの都合で別行動したが、帰りの飛行機は何人かのクルーと待ち合わせて同じ飛行機で帰国した。その待ち合わせの合間に空港内のショップでこのダイバーズウオッチを買った。
だんだん思い出してきた。
空港内の中国料理レストランは市内のどんなレストランよりも旨い店だった。
残念ながら、当時俺のグルメ情報は貧弱だった。シンガポール飯はこんなにもまずいのかと確信に変わる一歩手前だった。
入る店ことごとくうまいと言えない、残念な店をよくもこんな見事に引き当てるとは、俺は相当先行きが明るいと思えた。
あきらめの境地に打ちひしがれていた。ところが、まるで暗闇を明かりもなく歩いていたさ中、たどり着いた空港内で大逆転!ときたので記憶に刻まれたのだ。
前日、気の置けない仲間数人連れだって酒とお姉ちゃんのいる店に行った。当時、色んな国に行って確認した限り、シンガポールのモデル級のクオリティはそうそうお目にかかれないと同行した連中は偉そうに口をそろえて評価した。偉くはない俺でもそう思った。偉くはないというのは、当時2ndコックだったが、実質3rdコックよりも俺の方が年下だったので司厨長からは命令され、馬車馬のように働く。ろくに働かない、俺よりも格下の3rdからも偉そうな口をききやがる。だが俺よりも年上なので露骨に失礼な態度はいけない。司厨長が絶対許さない。船乗り同士、仲間割れは許されない。末端まで調和が求められる。どこの世界でも同じ、いい社会勉強だった。
酷使したつもりはないのだが、しばらくして故障した。セイコーに持ち込んで無償修理してもらったが、数年後再びトラブル発生。今度は交換部品がないという結論。どうしようか考えているうちに存在を忘れ引き出しの奥に追いやられた。
かわいそうなことをしたが、今度の引き取り手はこいつの瑕疵を承知の上で引き取ってくれる。メーカー修理は部品保有や修理マニュアルなどのことから引き受ける枠は狭いように感じるが、あくまで供給元のメーカー様なので、従うまで。今時、そんなメーカーのおこぼれを拾うのが民間メンテナンス。
ミシンの修理も部品がないといわれてしまい、買い替えを促される。機械もののメンテナンスの対応は似たようなところがある。
ろくにつけもしない腕時計を複数本所有してしまっていることから、時計だけでなくいらないものを少しずつ処分して身軽になろうと考えているようないないような。
世間でいうところの「まあ高級」から「安物」までの時計がある。手放すことで何かから解放されるような。
で、ふと思った。「高級」「安物」とは何を差してそういうのだろうか。
世間的にはグランドセイコーは「まあまあ高級腕時計」、数千円のGショックは「まあまあ安物腕時計」と例えてもいいのだろう。しかし、高額か安価かというだけで良しあしをはかるのはつまらない。
前にも同じスピードモデルで電池は10年くらい故障せず。しかし、電池の寿命が来て、とうとう表示しなくなった。デザインがいい、エポックメイキングな時計だった。今度は奮発してソーラー充電のタイプにした。安いけれどいい時計なのでまた同じようなデザインを選んだ。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
今日、ヤ〇ーオークションに出品した腕時計が思いのほか高値で落札された。
海外の空港で買ったSEIKO ダイバーズウオッチ200M。
キネテックという機構の時計で、故障してしまいメーカーに修理相談したが交換部品がないからとやんわり断られてしまったヤツ。しばらく引き出しにしまい込んで忘れていたところ、ミシンをオークションで売りさばいたのを契機にこの際だから処分品をかき集めてみようとしたら最初にこの時計が浮上した。
![]() |
| もうこの時計は売り払った。何気に記念の時計だったが、動かなくなったので、修理してくれるオーナーにかわいがってもらえたらいいのになぁ。部品どりでばらされる運命かも。 |
購入したときについてきたギャランティカードにFEB-2001とある。ずいぶん時間が経った。カードの日付を見て、期限切れ旧パスポートのスタンプを確認するとsingapoleとある。
俺は、当時行ったことのなかった国、シンガポールに初めて訪れる機会があった。
乗っていた船は売却されることになった。売却先のシンガポールまで航行して港について下船した。時間を見つけて市内観光して、他のクルーとはそれぞれの都合で別行動したが、帰りの飛行機は何人かのクルーと待ち合わせて同じ飛行機で帰国した。その待ち合わせの合間に空港内のショップでこのダイバーズウオッチを買った。
だんだん思い出してきた。
空港内の中国料理レストランは市内のどんなレストランよりも旨い店だった。
残念ながら、当時俺のグルメ情報は貧弱だった。シンガポール飯はこんなにもまずいのかと確信に変わる一歩手前だった。
入る店ことごとくうまいと言えない、残念な店をよくもこんな見事に引き当てるとは、俺は相当先行きが明るいと思えた。
あきらめの境地に打ちひしがれていた。ところが、まるで暗闇を明かりもなく歩いていたさ中、たどり着いた空港内で大逆転!ときたので記憶に刻まれたのだ。
前日、気の置けない仲間数人連れだって酒とお姉ちゃんのいる店に行った。当時、色んな国に行って確認した限り、シンガポールのモデル級のクオリティはそうそうお目にかかれないと同行した連中は偉そうに口をそろえて評価した。偉くはない俺でもそう思った。偉くはないというのは、当時2ndコックだったが、実質3rdコックよりも俺の方が年下だったので司厨長からは命令され、馬車馬のように働く。ろくに働かない、俺よりも格下の3rdからも偉そうな口をききやがる。だが俺よりも年上なので露骨に失礼な態度はいけない。司厨長が絶対許さない。船乗り同士、仲間割れは許されない。末端まで調和が求められる。どこの世界でも同じ、いい社会勉強だった。
酷使したつもりはないのだが、しばらくして故障した。セイコーに持ち込んで無償修理してもらったが、数年後再びトラブル発生。今度は交換部品がないという結論。どうしようか考えているうちに存在を忘れ引き出しの奥に追いやられた。
かわいそうなことをしたが、今度の引き取り手はこいつの瑕疵を承知の上で引き取ってくれる。メーカー修理は部品保有や修理マニュアルなどのことから引き受ける枠は狭いように感じるが、あくまで供給元のメーカー様なので、従うまで。今時、そんなメーカーのおこぼれを拾うのが民間メンテナンス。
ミシンの修理も部品がないといわれてしまい、買い替えを促される。機械もののメンテナンスの対応は似たようなところがある。
ろくにつけもしない腕時計を複数本所有してしまっていることから、時計だけでなくいらないものを少しずつ処分して身軽になろうと考えているようないないような。
世間でいうところの「まあ高級」から「安物」までの時計がある。手放すことで何かから解放されるような。
で、ふと思った。「高級」「安物」とは何を差してそういうのだろうか。
世間的にはグランドセイコーは「まあまあ高級腕時計」、数千円のGショックは「まあまあ安物腕時計」と例えてもいいのだろう。しかし、高額か安価かというだけで良しあしをはかるのはつまらない。
前にも同じスピードモデルで電池は10年くらい故障せず。しかし、電池の寿命が来て、とうとう表示しなくなった。デザインがいい、エポックメイキングな時計だった。今度は奮発してソーラー充電のタイプにした。安いけれどいい時計なのでまた同じようなデザインを選んだ。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
家庭用ミシンの次は職業用ミシン
冷静になって自分のブログを読み返すと、足踏みミシンでデニムジャケットを作るなんてつくづく普通ではないのだと気付いた。足踏みミシンは置いといて、今日は職業用ミシンについて。
職業用??工業用ではない??
職業用ミシンはとても分かりにくいカテゴリーではないだろうか、あくまで家庭用ミシンの位置づけである。つまり、一般家庭でも持っている人がいても不思議なことではない。持ってる人は持ってる。当たり前か。
直線を縫うだけなら別に今ある家庭用コンピュータミシンでもいいはずで、必要に迫られる場合や、ワンランク上のパワーやスピードが欲しいと実感するような家庭用ミシンではどうにもならないという場合に求められるようなものではないだろうか。
職業用ミシンが家庭用コンピュータミシンより優位な機能はそのスピードと力強さが圧倒している。この二つのいずれかだけでも家庭用コンピュータミシンに不満があるのなら購入の選択肢に入れてもいいと思うが、ミシン屋さんで漠然とミシンの相談したときに、「ミシンで何を作るのか」と尋ねられ、何を作るかこれから考える、、的なことであるなら勧められるミシンの選択肢は狭められず、もう少し具体的に答えられる準備が必要かもしれない。たいてい初心者は家庭用コンピュータミシンから始めるのが普通だろう。
コンピュータミシンで一通り自分の好きなように洋裁をしてみてこれ以上はミシンの限界だろうというところを感じ始めたら物足りなさを感じて、そんなころにはすでに職業用ミシンの存在を知って、触ってみたいと思うようになる。
縫製工場など、プロダクト製品を製造する工場は、基本すべて工業用ミシンで行い、一つの工程だけのためにそれ専用の高性能工業用ミシンが使われたりもする。そのため、複数ある工程に合わせたそれぞれの特殊ミシンをスタンバイさせて製造ラインが確立する。
家庭用コンピュータミシンの素晴らしい点はこれら、縫製工場のような様々な仕事を一台でやってのけるという豊富な機能(のようなもの)を盛り込んでいるという点であり、そのコンパクトな一台で既製品に負けない作品を作り出すことも不可能ではない。
ご存じ職業用ミシンは基本的に直線基線のみであって、ジグザグや模様を描くための横動作はないので一見するとコンピュータミシンほどの自由度は低いように感じる。直線は家庭用ミシンよりも職業用ミシンの方が断然綺麗という意見を見聞きしたことがあるが、スピードとパワーは圧倒的に職業用ミシンに軍配が上がるが、直線の綺麗さにおいてはそれほど明らかな差は見いだせない。せいぜい、スピードとパワーからくるステッチの均質性はあるかもしれないが。
コンピュータミシンならば文字模様縫いが可能で、それらを組み合わせることでステッチの表現は無限大だ。糸の種類や色を変えたりすることで無限大の前に「さらに」というのがつく。
手芸用品店で時々見かけるのが、何人かのご婦人方がテーブルを囲んでそれぞれの手芸を楽しんでいる風景。とてもほのぼのしている。
職業用??工業用ではない??
職業用ミシンはとても分かりにくいカテゴリーではないだろうか、あくまで家庭用ミシンの位置づけである。つまり、一般家庭でも持っている人がいても不思議なことではない。持ってる人は持ってる。当たり前か。
直線を縫うだけなら別に今ある家庭用コンピュータミシンでもいいはずで、必要に迫られる場合や、ワンランク上のパワーやスピードが欲しいと実感するような家庭用ミシンではどうにもならないという場合に求められるようなものではないだろうか。
職業用ミシンが家庭用コンピュータミシンより優位な機能はそのスピードと力強さが圧倒している。この二つのいずれかだけでも家庭用コンピュータミシンに不満があるのなら購入の選択肢に入れてもいいと思うが、ミシン屋さんで漠然とミシンの相談したときに、「ミシンで何を作るのか」と尋ねられ、何を作るかこれから考える、、的なことであるなら勧められるミシンの選択肢は狭められず、もう少し具体的に答えられる準備が必要かもしれない。たいてい初心者は家庭用コンピュータミシンから始めるのが普通だろう。
コンピュータミシンで一通り自分の好きなように洋裁をしてみてこれ以上はミシンの限界だろうというところを感じ始めたら物足りなさを感じて、そんなころにはすでに職業用ミシンの存在を知って、触ってみたいと思うようになる。
縫製工場など、プロダクト製品を製造する工場は、基本すべて工業用ミシンで行い、一つの工程だけのためにそれ専用の高性能工業用ミシンが使われたりもする。そのため、複数ある工程に合わせたそれぞれの特殊ミシンをスタンバイさせて製造ラインが確立する。
家庭用コンピュータミシンの素晴らしい点はこれら、縫製工場のような様々な仕事を一台でやってのけるという豊富な機能(のようなもの)を盛り込んでいるという点であり、そのコンパクトな一台で既製品に負けない作品を作り出すことも不可能ではない。
ご存じ職業用ミシンは基本的に直線基線のみであって、ジグザグや模様を描くための横動作はないので一見するとコンピュータミシンほどの自由度は低いように感じる。直線は家庭用ミシンよりも職業用ミシンの方が断然綺麗という意見を見聞きしたことがあるが、スピードとパワーは圧倒的に職業用ミシンに軍配が上がるが、直線の綺麗さにおいてはそれほど明らかな差は見いだせない。せいぜい、スピードとパワーからくるステッチの均質性はあるかもしれないが。
コンピュータミシンならば文字模様縫いが可能で、それらを組み合わせることでステッチの表現は無限大だ。糸の種類や色を変えたりすることで無限大の前に「さらに」というのがつく。
手芸用品店で時々見かけるのが、何人かのご婦人方がテーブルを囲んでそれぞれの手芸を楽しんでいる風景。とてもほのぼのしている。
自宅でミシンを自分ひとりで黙々と作業しているのと違って、人と触れ合いながら、楽しんでいる。もしかすると、そんなコミュニティに参加することによって、出来上がった作品の自分だけの価値が生み出されることにほのぼのとしたひと時を過ごすのだろう。
さすがに、この作業テーブルにいるご婦人方に交じっておっさんがいたら、おかしい。そして、想像してご覧、「おっさん」だけのテーブルはもっとおかしいい。(笑)こう考えてしまうオレはやはり非常に常識人だと再認識する。
~ちょっと休憩~
しかし、世界は広い。バスク地方にはおっさんだけが集うクラブTXOKOがあるそうな。「常識」などという枠をつくって自分の世界を自分で狭めているに過ぎないということかもしれない。見つけたリンクを貼っておく。日本バスク友好会
~休憩おしまい~
「普通」とか、「常識」などの枠のようなものを自分の中に持つことは悪いことではないのだが、時として、その枠を囲むことで世界が狭くつまらないものになることもあると言えるし、考えたり行動していると色んな壁にあたったり、行き詰るときもあるかもしれない。しかし、時間は前に進むものだし、後戻りはない。どこかに出口があるだろうし、分かれ道があるかもしれない。家庭用ミシンの限界を感じたら新しい景色と世界を求めて、職業用ミシンを検討してはいかがだろうか。
そうそう、肝心なこと、職業用ミシンの場合、規格サイズが工業用に準じているので押さえ金が豊富に選べるのがいい。これは家庭用ミシンよりも専門性の高い微妙な縫い方が出来る。機種によっては太い糸を使うこともできるし、革も縫える仕様のものもある。いろんな選択肢が広がって、作ろうとするもののグレードを上げることが出来るだろう。
問題はとことん納得のいくまでミシンをテストさせてもらえるかが気になる。やはり、相手も商売なので試しに触らせてもらうといっても、まさかその場でデニムパンツ一着を仕上げるほどの使い方はできないだろう。テストと言いつつ、帆布トートバッグなどを作ったりもできない。切りのいいところで立ち去るようなイメージで店を訪れてみてくれ。
主に自分が使いたい布と糸は持参してテストされるといいのだろうと思う。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
さすがに、この作業テーブルにいるご婦人方に交じっておっさんがいたら、おかしい。そして、想像してご覧、「おっさん」だけのテーブルはもっとおかしいい。(笑)こう考えてしまうオレはやはり非常に常識人だと再認識する。
~ちょっと休憩~
しかし、世界は広い。バスク地方にはおっさんだけが集うクラブTXOKOがあるそうな。「常識」などという枠をつくって自分の世界を自分で狭めているに過ぎないということかもしれない。見つけたリンクを貼っておく。日本バスク友好会
~休憩おしまい~
「普通」とか、「常識」などの枠のようなものを自分の中に持つことは悪いことではないのだが、時として、その枠を囲むことで世界が狭くつまらないものになることもあると言えるし、考えたり行動していると色んな壁にあたったり、行き詰るときもあるかもしれない。しかし、時間は前に進むものだし、後戻りはない。どこかに出口があるだろうし、分かれ道があるかもしれない。家庭用ミシンの限界を感じたら新しい景色と世界を求めて、職業用ミシンを検討してはいかがだろうか。
そうそう、肝心なこと、職業用ミシンの場合、規格サイズが工業用に準じているので押さえ金が豊富に選べるのがいい。これは家庭用ミシンよりも専門性の高い微妙な縫い方が出来る。機種によっては太い糸を使うこともできるし、革も縫える仕様のものもある。いろんな選択肢が広がって、作ろうとするもののグレードを上げることが出来るだろう。
問題はとことん納得のいくまでミシンをテストさせてもらえるかが気になる。やはり、相手も商売なので試しに触らせてもらうといっても、まさかその場でデニムパンツ一着を仕上げるほどの使い方はできないだろう。テストと言いつつ、帆布トートバッグなどを作ったりもできない。切りのいいところで立ち去るようなイメージで店を訪れてみてくれ。
主に自分が使いたい布と糸は持参してテストされるといいのだろうと思う。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
地元の掲示板ジモティー うまく使えば活用できる
ご存じ、地元の掲示板「ジモティー」
まず、ジモティーで不用品を処分したが、投稿の際の値段設定について。
以前、0円でもいいから引き取ってくれないかと家電製品を投稿した。投稿してすぐ問い合わせが殺到した。1時間程度で30件以上の問い合わせメールが来た。
0円という設定、つまり差し上げますとしたのだが、届いたメールの内容の多くは「ほしいです」や「ください」とかの一言、中にはお情け頂戴的な内容を書いてよこす人もいた。
お互い顔の見えない相手との交渉なので、「ほしいです」「ください」などよこしてくれるなら、その理由を簡単に書いてくれたらと思うのだが、冷やかしのような人もいるのかもしれない。
よくよく考えると無料とか、格安な価格がこんな状態を引き寄せたのだ。
ジモティーの登録者は個人なのかわからないが、もしかするとリサイクルショップを営んでいる人だったりするのかもしれない。
こちらは商売でやり取りしようとしているわけではないので相手も個人だろうと思ったが、実際のところリサイクル店を営んでいるような人も中にはいるのかもしれない。
もしリサイクル店に買い取ってもらうなら見積なり、引き取り金額の提示がなされるべきものだろうが、このジモティーではあくまで個人取引だからそんな必要がない。安く仕入れが出来ると思われているのか。
俺はプロフィール欄の記載がない人、情報がないとか取引実績の評価欄でネガティブな内容があるときは取引相手として選択しないことにしている。少なからず、プロフィール欄を書くだけの文章力の有無と人となりも知ることが出来る。
そんなプロフィール情報を活用して取
引がうまく言いくことだってあると思う。残念な人はそのプロフィール欄があまりにも薄っぺらであることが多い。
また、「0円で譲ります」というのは善意であることがほとんどだと思いたいが、悪いことを考えるヤツがいないわけではないと考えて参加するに越したことはない。犯罪の温床とまではいわないが、それに近い悪の世界に近づくようでもありスリルがある。
それでもジモティーの一番のアドバンテージはシステム利用料、費用が一切発生しないことである。取引間双方の利害が合致すれば、お互い徳をする。ヤフオクやメルカリなどでの取引すれば1割だったか、相当のシステム利用料を支払う。1割程度というが、侮れない。そもそも高額な価格設定だと敬遠されるし、かと言ってギリギリの価格にしても宅配手続きなど事務作業にかかる手間もばかにならない。
それでもリサイクルショップに持ち込んでも大した値段で買い取ってくれるとは限らないし、むしろ安く買いたたかれたりすることを考えると少なからずお金に換えることが出来るというささやかな余暇である。
ジモティーを利用しての考察。
(売り手側)
タダで引き取ってもらえるならラッキーと余裕ある方。
タダで譲りますと投稿すると、くれくれメールが殺到するので返事をする体力を温存しておくこと。
いくらかの金額設定をするなら、この金額で譲ってもいいとよくよく考えること。責任は自分にある。
(買い手側)
そもそもタダでもらえると甘い考えはやめよう。自分が考えていることはほかの多くの人も考えは同じだ。
欲しいなら、きちんとしたメッセージを送ろう。「ほしいです」「ください」「まだ取引できますか?」などは、言葉足らず、アホ丸出しである。もう少し気の利いたメッセージを添えてみて。
本当なのかわからないが、真に迫りすぎるのも読むとちょっと重い。
息子が喘息できれいな空気を必要としています。7歳になるのですが、今年の冬は加湿器を使ってよい環境を作りたいのでぜひ加湿器を(タダで)譲ってください。
・・・しらねぇよ。それほど健康上加湿器が必要ならきちんと金出して新品買えよ。・・・と返事してはいけない。
先客があるというと、「キャンセルになったら声かけてくださいませんか?」
・・・しぶとい。
(キャンセルは)ないと思うが、きっぱり断れないのは見えない相手だからというのと、引き取ってほしいというこちらの下心を読まれている。駆け引きがあるのだ。だんだん不健康な話になってきた。(笑)
お互いが有効な活用ができることが理想だけれど、ルールが細かく設定されているところを見ると、少なからず何等かの不利益を被っている人がいるのかもしれない。幸い、今のところ俺はそんなことはないけれど、ルールを守って楽しくやり取りが出来ればジモティーは有効なシステムの一つだと思う。
いろいろ書いたが、タダで譲りますという人や格安でほしいものが見つかる場合もある。そんな善意の人に巡り合える場合もあるので、上手に利用してみてはいかがだろうか。
今日はここまで。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
まず、ジモティーで不用品を処分したが、投稿の際の値段設定について。
以前、0円でもいいから引き取ってくれないかと家電製品を投稿した。投稿してすぐ問い合わせが殺到した。1時間程度で30件以上の問い合わせメールが来た。
0円という設定、つまり差し上げますとしたのだが、届いたメールの内容の多くは「ほしいです」や「ください」とかの一言、中にはお情け頂戴的な内容を書いてよこす人もいた。
お互い顔の見えない相手との交渉なので、「ほしいです」「ください」などよこしてくれるなら、その理由を簡単に書いてくれたらと思うのだが、冷やかしのような人もいるのかもしれない。
よくよく考えると無料とか、格安な価格がこんな状態を引き寄せたのだ。
ジモティーの登録者は個人なのかわからないが、もしかするとリサイクルショップを営んでいる人だったりするのかもしれない。
こちらは商売でやり取りしようとしているわけではないので相手も個人だろうと思ったが、実際のところリサイクル店を営んでいるような人も中にはいるのかもしれない。
もしリサイクル店に買い取ってもらうなら見積なり、引き取り金額の提示がなされるべきものだろうが、このジモティーではあくまで個人取引だからそんな必要がない。安く仕入れが出来ると思われているのか。
俺はプロフィール欄の記載がない人、情報がないとか取引実績の評価欄でネガティブな内容があるときは取引相手として選択しないことにしている。少なからず、プロフィール欄を書くだけの文章力の有無と人となりも知ることが出来る。
そんなプロフィール情報を活用して取
引がうまく言いくことだってあると思う。残念な人はそのプロフィール欄があまりにも薄っぺらであることが多い。
また、「0円で譲ります」というのは善意であることがほとんどだと思いたいが、悪いことを考えるヤツがいないわけではないと考えて参加するに越したことはない。犯罪の温床とまではいわないが、それに近い悪の世界に近づくようでもありスリルがある。
それでもジモティーの一番のアドバンテージはシステム利用料、費用が一切発生しないことである。取引間双方の利害が合致すれば、お互い徳をする。ヤフオクやメルカリなどでの取引すれば1割だったか、相当のシステム利用料を支払う。1割程度というが、侮れない。そもそも高額な価格設定だと敬遠されるし、かと言ってギリギリの価格にしても宅配手続きなど事務作業にかかる手間もばかにならない。
それでもリサイクルショップに持ち込んでも大した値段で買い取ってくれるとは限らないし、むしろ安く買いたたかれたりすることを考えると少なからずお金に換えることが出来るというささやかな余暇である。
ジモティーを利用しての考察。
(売り手側)
タダで引き取ってもらえるならラッキーと余裕ある方。
タダで譲りますと投稿すると、くれくれメールが殺到するので返事をする体力を温存しておくこと。
いくらかの金額設定をするなら、この金額で譲ってもいいとよくよく考えること。責任は自分にある。
(買い手側)
そもそもタダでもらえると甘い考えはやめよう。自分が考えていることはほかの多くの人も考えは同じだ。
欲しいなら、きちんとしたメッセージを送ろう。「ほしいです」「ください」「まだ取引できますか?」などは、言葉足らず、アホ丸出しである。もう少し気の利いたメッセージを添えてみて。
本当なのかわからないが、真に迫りすぎるのも読むとちょっと重い。
息子が喘息できれいな空気を必要としています。7歳になるのですが、今年の冬は加湿器を使ってよい環境を作りたいのでぜひ加湿器を(タダで)譲ってください。
・・・しらねぇよ。それほど健康上加湿器が必要ならきちんと金出して新品買えよ。・・・と返事してはいけない。
先客があるというと、「キャンセルになったら声かけてくださいませんか?」
・・・しぶとい。
(キャンセルは)ないと思うが、きっぱり断れないのは見えない相手だからというのと、引き取ってほしいというこちらの下心を読まれている。駆け引きがあるのだ。だんだん不健康な話になってきた。(笑)
お互いが有効な活用ができることが理想だけれど、ルールが細かく設定されているところを見ると、少なからず何等かの不利益を被っている人がいるのかもしれない。幸い、今のところ俺はそんなことはないけれど、ルールを守って楽しくやり取りが出来ればジモティーは有効なシステムの一つだと思う。
いろいろ書いたが、タダで譲りますという人や格安でほしいものが見つかる場合もある。そんな善意の人に巡り合える場合もあるので、上手に利用してみてはいかがだろうか。
今日はここまで。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
2020年3月27日金曜日
湖北省 武漢 旅の思い出とか 1991年3月
武漢から始まったコロナウイルス。今、世間では「コロナ・・・」と聞かない日はない。
近所のドラッグストアなどで使い捨てマスクが売り切れ状態になり、続いてトイレットペーパーが売り切れた。ほどなくしてトイレットペーパーは見かけるようになって平常通りに戻った感じだけれど、相変わらず、今日現在もマスクは品切れ状態が続いている。
売られていないマスクを探しても見つからない。まれに売られているマスクを見つけたら50枚入りで3980円だった。こんなに高いと手が出ない。こんな状況でも普段マスクをしている人がいるのが不思議である。
まあ、手に入らないマスクなどしても仕方ないし、そもそも人込みに行くような予定もないのでどうしてもマスクが必要な状況になるならマスクくらい手作りしてやる!・・・と思ったが、とうとうマスク用ゴムまで売り切れ出す始末。考えることはみんな一緒なのかも。
ある手芸用品店を覗いたところ、あった!と見つけたのは丸ゴムだけれど固い、耳が痛くなるゴムだった。
手芸用品店も生活がかかっているから、ここぞとばかり、需要と供給からか売値を吊り上げる。そう思うと納得できる部分もある。しかし、散歩途中に見つけた別の手芸用品店では通常価格で販売されていた。こんな時でもきちんと商売されていることに感謝したい。
マスクゴムを販売している手芸用品店の多くは短く切り分けて数本ずつ束ねて袋詰めして割高な価格で販売していた。
女性ならストッキングをひざ下くらいから縦に1センチ幅でカットするとマスクゴムとして代用できるそうな。
ついこの間、中国で使い捨てマスクを拾って集めているニュースが流れ、不潔だ!と言ってた報道があった。
そんな日本ではマスク不足のため、使い捨てマスクを洗って使いましょうという始末。中国人の行動を批判してるくせに、使い捨てマスクを洗えば何回か使えるぞ!という情報もどうかと思うが。
先日、中国・武漢のことを書いたが再び1991年の中国の旅を思い出して書く。かれこれ30年近く前のこと。
俺は、友人と旅をする予定をしていたが、友人が都合つかなくなったということもあり、一人で行くことにした。
はじめての海外一人旅、初めての社会主義国・中国だった。
縁もゆかりもないわけではなく、親父が上海生まれなので行っとくか~てなわけで。
往復フェリーを使い、節約した旅行になった。当時は金もなく、節約することで中国を長く見物出来たらと思った。今金があるような表現に読めるが、今もない。あの当時よりはある。あるのか、無いのかどっちなんだと言われると、無い。(笑)
鑑真号という大阪から上海へのフェリーが就航していて、片道20700円だった。今でも同価格帯の新型船が就航しているそうな。
2月28日、上海に上陸したがあいにくの雨で、大陸の気候はこんなにも冷たい雨を降らせるのかとしみじみ感じた。外灘を歩くとテレビで見たヨーロッパの街並みのようなレトロビルが並ぶ外国だった。
当時からそびえたつ上海マンション(上海大厦)は1934ごろに完成したとウィキペディア情報。
親父は上海生まれで宝安路25街というところに家があった。
そして上海マンションは住んでいた家の近くから見えたと言っていた。
俺が旅をした当時、資本主義経済が当たり前の世界から、全く知らない社会主義国の旅は驚きの毎日だった。街中に走る車は少ない。一般市民の多くは自転車、鳳凰号とかで、一台250元くらいらしい。その自転車は日本でいうところの荷物運搬に使われるような、フレームのしっかりした重量も相当ありそうな漕いでも快適に走るというには程遠い。(実際、蘇州でレンタサイクルして市内を走った)
たいてい、どんな店に入っても店員(服務員)は、機嫌が悪く、何か尋ねてもそっけない。ホテルのフロントで部屋はあるかと尋ねても「没有」(メイヨォ~ウ)とぶっきらぼうだ。どう見ても空き部屋はあるはずだと疑ってしまうが、無いと言われたら仕方がない。そんな横柄な態度は当たり前。まだ、中国人民のほとんどは資本主義経済を知らない時代だったのだ。愛想もくそもない。
当時の中国は平均所得も日本に比べ低いし、物価も日本の何分の一かわからないくらい低い。
しかし、そんな圧倒的優位だったはずの日本と中国の経済格差は実はこの30年足らずで逆転とまではいかないだろうが、相当追いつかれた。産業分野によっては完全に引き離されたものもあるという事実を認めなければいけないなと考える。
昨今、日本は中国からの観光客の皆さんが落としてくれるお金を当てにしている。これも30年前当時の中国が今の日本の姿だと言える。
こんなの考えられないような時代だったはずだが、すでに彼らは日本で買い物するのが安いと感じるから旅行してくれている。今日現在においては新型コロナウイルスのため旅行が出来なくなっているが、もうしばらくは静かに過ごさせてもらえるだろうか。
30年前の上海は未だ、ケンタッキーフライドチキンの一号店がオープンしたばかりで、中国人所得からは高めの料金設定だった。多分普通の中国人は入ることはできないような高級店の印象だった。今ではそこら中に店舗展開している。マクドナルドもそうだろう。
中国旅行での食べ物は俺の口に合った。何を食べてもうまかった。しかし、トイレだけはいただけない。残念な状態であった。
ひどいトイレ事情を忘れさせてくれるような、人々との交流は何よりも刺激的で記憶に刻まれた。
悪いやつもいる、いい加減なヤツもいる。しかし日本人に負けない、あるいは日本人にはない、人間力のある魅力的な人々もたくさんいた。そんな人々の普段を感じる機会に恵まれ、旅を通じて中国の人々に敬意を持って接したいと思った。今でもそう思う。
上海に上陸して船で武漢に行き、また船で南京、そこから鉄道で蘇州、のち上海。上海から鑑真号で帰国した。およそ1か月の行程だった。滞在中の出来事やほとんどのことは俺の記憶の中にだけある中国である。
政治的には色んな問題があって、好き嫌いで物を言うヤツが時々いるが、政治家でもないのにお隣さんのことをとやかく言うのはよした方がいい。むしろ、困ったときにはお互い様という気持ちを前提に言葉を選んでほしいものだよ。
初めての海外が中国で、今でも中国のことは心のどこかで気に留めているし、大国であり、歴史があり、飯もうまい、お隣の国として贔屓にしている。親父が生まれ育ったというのも何かの縁だと思うがせっかくの縁も戦争が分断した。戦争は残念だったが、人と人の往来は途切れず、今でもたくさんの中国の人は来てくれているし、仕事で住んでくれている人もたくさんいる。
色んな意味で彼等から教えてもらうべきことは尽きることはない。
湖北省武漢の思い出した出来事ダイジェスト。
食べた料理がうまかった。どれも唐辛子を大量に使った真っ赤な皿ばかりで驚いた。食後の1時間は唇のしびれが収まらない原因が花椒だった。
散歩中、大道芸で猿回しをしていたので立ち止まって見てたら目つきの悪いやつに見物料をよこせと迫られたのを思い出した。大した芸もできない猿で、動物虐待のようでもあった。
乗る船を案内してくれた親切なおじさんに胸ポケットに入れていたたばこを盗まれた。おじさん曰く、案内料らしい。
漢口駅の近所をうろついていると、日本語で話しかけてきた老人。
招待所の一室でベッドで横になって本を読んでたらフロント係の女の子が無断で室内に入ってきて、黙って帰っていった。3人くらい入れ替わりに入ってきたのは闇の風〇嬢なのかもしれない。
中国人青年と知り合って、家庭に招かれ飯をごちそうになった。青年のお姉さん家族と同居していた。義理の兄は写真家らしく、キヤノンAE-1を大事に使っていた。
今日はこの辺でおしまい。
最後まで読んでくれたあなた、どうもありがとう。
近所のドラッグストアなどで使い捨てマスクが売り切れ状態になり、続いてトイレットペーパーが売り切れた。ほどなくしてトイレットペーパーは見かけるようになって平常通りに戻った感じだけれど、相変わらず、今日現在もマスクは品切れ状態が続いている。
売られていないマスクを探しても見つからない。まれに売られているマスクを見つけたら50枚入りで3980円だった。こんなに高いと手が出ない。こんな状況でも普段マスクをしている人がいるのが不思議である。
まあ、手に入らないマスクなどしても仕方ないし、そもそも人込みに行くような予定もないのでどうしてもマスクが必要な状況になるならマスクくらい手作りしてやる!・・・と思ったが、とうとうマスク用ゴムまで売り切れ出す始末。考えることはみんな一緒なのかも。
ある手芸用品店を覗いたところ、あった!と見つけたのは丸ゴムだけれど固い、耳が痛くなるゴムだった。
手芸用品店も生活がかかっているから、ここぞとばかり、需要と供給からか売値を吊り上げる。そう思うと納得できる部分もある。しかし、散歩途中に見つけた別の手芸用品店では通常価格で販売されていた。こんな時でもきちんと商売されていることに感謝したい。
マスクゴムを販売している手芸用品店の多くは短く切り分けて数本ずつ束ねて袋詰めして割高な価格で販売していた。
女性ならストッキングをひざ下くらいから縦に1センチ幅でカットするとマスクゴムとして代用できるそうな。
ついこの間、中国で使い捨てマスクを拾って集めているニュースが流れ、不潔だ!と言ってた報道があった。
そんな日本ではマスク不足のため、使い捨てマスクを洗って使いましょうという始末。中国人の行動を批判してるくせに、使い捨てマスクを洗えば何回か使えるぞ!という情報もどうかと思うが。
先日、中国・武漢のことを書いたが再び1991年の中国の旅を思い出して書く。かれこれ30年近く前のこと。
俺は、友人と旅をする予定をしていたが、友人が都合つかなくなったということもあり、一人で行くことにした。
はじめての海外一人旅、初めての社会主義国・中国だった。
縁もゆかりもないわけではなく、親父が上海生まれなので行っとくか~てなわけで。
![]() |
| バックパックを背負うのだから、日本人御用達のこれでしょう。 |
往復フェリーを使い、節約した旅行になった。当時は金もなく、節約することで中国を長く見物出来たらと思った。今金があるような表現に読めるが、今もない。あの当時よりはある。あるのか、無いのかどっちなんだと言われると、無い。(笑)
鑑真号という大阪から上海へのフェリーが就航していて、片道20700円だった。今でも同価格帯の新型船が就航しているそうな。
2月28日、上海に上陸したがあいにくの雨で、大陸の気候はこんなにも冷たい雨を降らせるのかとしみじみ感じた。外灘を歩くとテレビで見たヨーロッパの街並みのようなレトロビルが並ぶ外国だった。
当時からそびえたつ上海マンション(上海大厦)は1934ごろに完成したとウィキペディア情報。
親父は上海生まれで宝安路25街というところに家があった。
そして上海マンションは住んでいた家の近くから見えたと言っていた。
俺が旅をした当時、資本主義経済が当たり前の世界から、全く知らない社会主義国の旅は驚きの毎日だった。街中に走る車は少ない。一般市民の多くは自転車、鳳凰号とかで、一台250元くらいらしい。その自転車は日本でいうところの荷物運搬に使われるような、フレームのしっかりした重量も相当ありそうな漕いでも快適に走るというには程遠い。(実際、蘇州でレンタサイクルして市内を走った)
たいてい、どんな店に入っても店員(服務員)は、機嫌が悪く、何か尋ねてもそっけない。ホテルのフロントで部屋はあるかと尋ねても「没有」(メイヨォ~ウ)とぶっきらぼうだ。どう見ても空き部屋はあるはずだと疑ってしまうが、無いと言われたら仕方がない。そんな横柄な態度は当たり前。まだ、中国人民のほとんどは資本主義経済を知らない時代だったのだ。愛想もくそもない。
当時の中国は平均所得も日本に比べ低いし、物価も日本の何分の一かわからないくらい低い。
しかし、そんな圧倒的優位だったはずの日本と中国の経済格差は実はこの30年足らずで逆転とまではいかないだろうが、相当追いつかれた。産業分野によっては完全に引き離されたものもあるという事実を認めなければいけないなと考える。
昨今、日本は中国からの観光客の皆さんが落としてくれるお金を当てにしている。これも30年前当時の中国が今の日本の姿だと言える。
こんなの考えられないような時代だったはずだが、すでに彼らは日本で買い物するのが安いと感じるから旅行してくれている。今日現在においては新型コロナウイルスのため旅行が出来なくなっているが、もうしばらくは静かに過ごさせてもらえるだろうか。
30年前の上海は未だ、ケンタッキーフライドチキンの一号店がオープンしたばかりで、中国人所得からは高めの料金設定だった。多分普通の中国人は入ることはできないような高級店の印象だった。今ではそこら中に店舗展開している。マクドナルドもそうだろう。
中国旅行での食べ物は俺の口に合った。何を食べてもうまかった。しかし、トイレだけはいただけない。残念な状態であった。
ひどいトイレ事情を忘れさせてくれるような、人々との交流は何よりも刺激的で記憶に刻まれた。
悪いやつもいる、いい加減なヤツもいる。しかし日本人に負けない、あるいは日本人にはない、人間力のある魅力的な人々もたくさんいた。そんな人々の普段を感じる機会に恵まれ、旅を通じて中国の人々に敬意を持って接したいと思った。今でもそう思う。
上海に上陸して船で武漢に行き、また船で南京、そこから鉄道で蘇州、のち上海。上海から鑑真号で帰国した。およそ1か月の行程だった。滞在中の出来事やほとんどのことは俺の記憶の中にだけある中国である。
政治的には色んな問題があって、好き嫌いで物を言うヤツが時々いるが、政治家でもないのにお隣さんのことをとやかく言うのはよした方がいい。むしろ、困ったときにはお互い様という気持ちを前提に言葉を選んでほしいものだよ。
初めての海外が中国で、今でも中国のことは心のどこかで気に留めているし、大国であり、歴史があり、飯もうまい、お隣の国として贔屓にしている。親父が生まれ育ったというのも何かの縁だと思うがせっかくの縁も戦争が分断した。戦争は残念だったが、人と人の往来は途切れず、今でもたくさんの中国の人は来てくれているし、仕事で住んでくれている人もたくさんいる。
色んな意味で彼等から教えてもらうべきことは尽きることはない。
湖北省武漢の思い出した出来事ダイジェスト。
食べた料理がうまかった。どれも唐辛子を大量に使った真っ赤な皿ばかりで驚いた。食後の1時間は唇のしびれが収まらない原因が花椒だった。
散歩中、大道芸で猿回しをしていたので立ち止まって見てたら目つきの悪いやつに見物料をよこせと迫られたのを思い出した。大した芸もできない猿で、動物虐待のようでもあった。
乗る船を案内してくれた親切なおじさんに胸ポケットに入れていたたばこを盗まれた。おじさん曰く、案内料らしい。
漢口駅の近所をうろついていると、日本語で話しかけてきた老人。
招待所の一室でベッドで横になって本を読んでたらフロント係の女の子が無断で室内に入ってきて、黙って帰っていった。3人くらい入れ替わりに入ってきたのは闇の風〇嬢なのかもしれない。
中国人青年と知り合って、家庭に招かれ飯をごちそうになった。青年のお姉さん家族と同居していた。義理の兄は写真家らしく、キヤノンAE-1を大事に使っていた。
今日はこの辺でおしまい。
最後まで読んでくれたあなた、どうもありがとう。
2020年3月2日月曜日
足ふみミシンでGジャンを手作り 春秋用2ndモデル完成!
先日、冬用デニムジャケットを完成させたところだが、着てみて少しオーバーサイズなのとポケットに不満があった。サイズは、フリースを中に着込むと丁度良い。しかし、春になると、フリースもいらなくなるし、シャツだけだと少しだぶつく。春の装いで着るのにはデカく、落ち着かない。
こんな時にも自作だろう(笑)
てなわけで、春秋用のデニムジャケットを作ることにした。
①みんな大好き中華スマホ(愛機:HUAWEI)を格納できる内ポケットが欲しい。
②前回の少しサイズダウンした仕上がり。
③今作は2ndタイプ(胸ポケットが左右二つ)とフラップ。
前作の反省点と概要は以下の通り。
洗濯すると革パッチがまだらに青く染まって汚れた。
⇒これ正直、がっかりした。洗濯前にオイルを塗布することにした。
縫い方を見直ししたい部分があった。
⇒向上心しかない。
春秋用なので、シャツを着て丁度サイズ。
⇒いつもうまくいく俺は天才かもしれない。
⇒自分で作る喜び。
今作に予定している生地はずいぶん前に買い置きしていたので出番待ちだった。
幅75センチのセルビッジで、1メートルあたり150円! およそ12.5オンス。手触りはしっかりした印象。糊が効いている。
多分、こんなに安く今後この価格で買うのは難しい。何せ、80過ぎた爺さんが一人でやってた生地屋さんのワゴンにあった格安端切れだった。
もう、その店はなくなった。
今回のジャケット製作のコンセプトもオールシングルステッチ、足ふみミシンはSINGER188Uでキメる。(キメる」というのを使ってみたかった。(笑)
ご存じの方には無用の説明だが、初心者やこれから取り組んでみたいという方、興味本位で読んでくれているごく一部の変質者の方などを対象に、やすやすと理解できない変態ワールドを少し紹介しよう。
俺のSINGER188Uは、ご覧の通りシルバー塗装で渋く決まっている。確か、製造年は1956年ごろの古い、今でも変態関係者の間ではどういうわけか根強い人気のミシンなのだ。
アメリカブランドだが、このミシンは日本製造らしい。当時から世界中でシンガーミシンを製造していたそう。188Uの「U」は宇都宮に工場があったそうな。アルファベットの頭文字を型番につけたらしい。
で、こんな古いミシンでもきちんと作動するし、縫い味も大変よい。整備士(オレ)の腕がいい。(うそ)というより、職業用足ふみミシンがたどり着いた最高水準がこのモデルなのかという評価もなんとなくうなずける。
構造は足ふみミシンのTAという職業用規格のもので、現在のモーター式の職業用(工業用)などの規格と同一サイズだ。家庭用ミシンよりも少し大きく、懐という部分も大きいのでジャケットなど縫うときにくぐらせるのにはこれくらいが丁度いい。
色んなアタッチメントは現在でも手に入るし、使える。豊富な種類がある。それらを使いこなすことが出来ると洋裁の世界が開ける。(はずだ)
針、針板、押さえ金、ボビン・ボビンケース、革ベルトなど、いまだに新品補給部品が手に入る。釜が傷んでも新品が売られている。つまり、自分でメンテナンスが出来れば釜だって3~4千円程度で買える。コンピュータ基盤を使わないので、長持ちするのだと言える。
ミシン整備を始めた数年前、俺はミシンの構造すら知らず、まして「釜」など知るはずもなかったが、今はこんなブログで「釜は~・・・」とか知ったように書いているがいい加減なもんだ。
電気を使わない構造だが、たかが金属の塊なのでねじ回しなんかでいじり倒し、各所に油を差せば何とかなる。いじっているうちに色んな壁にぶち当たることもあるが、今時ネット検索とYoutubeでほぼ問題は解決できるだろう。
職業用足ふみミシンを選ぶときは統一規格なので歌手だけでなく、蛇の目、他に三菱でも重機でも兄弟でも同じ規格で基本構造は変わらないはずだ。あとは自分勝手な勘違いで好きなブランドを選べばいい。俺はヤフーオークションで入手した。
マニュアルは類似型番のものになるけれど、歌手のHPからダウンロードできる。蛇の目だっていまだにマニュアルがダウンロードできる親切な業界だ。
しかし、マニュアルだけに頼るような心根で何とかなると思わないでほしい。マニュアルに書かれていることだけがすべてではないのと、むしろマニュアルに書かれていることはごく基本的な一部だと覚悟されるがよろしい。
ご存じ、電気を使わない足ふみミシンは現在のコンピュータミシンとは違う、アナログ機械である。匙加減、手加減であらゆる調子が微妙に変わる。ダイヤル・ねじの締め具合、加減一つ一つの手作業がすべてと言って過言ではないだろう。デジタルの数値化されたセッティング感覚とはだいぶ違う。
最初にセッティングがうまくいけば、糸調子ダイヤルと下糸の調子を微調整するだけでたいていのものを縫うのには問題ない。色んな古い家庭用ミシンをいじってみたが、職業用足ふみミシンが電気代もかからないし、縫うスピードも自分の足漕ぎで超スローから最速まで自由自在である。手回しというのも要所で使う。体全体で縫っているという感覚は、分野は違うが自転車の運転にも共通した感覚である。
前回の冬用デニムジャケットの制作を始める時も似たような風景だったが、今回は春秋用としての制作開始である。毎度、差金を使うのはおなじみ。
いわゆるリーバイス2ndモデルを真似するので、胸ポケットは左右につける。フラップ(ふたも同様)
アイロンは家庭用の30年前からのスチーム付きで、水道水を入れるとカルキ成分が出るので微妙に汚れたりする。そもそもアイロンがめんどくさい。
アイロンを使うと生地に染み込んでいる糊のような成分が固まり、テカテカするので使わないことにする。小中さんの技を真似した、なんちゃって手曲げ縫製である。
縫い目はゆがむこともあるし、工業用ミシンで製造される、いわゆる製品ではない。
しかし、アイロンを使わず、足ふみミシン独自の雰囲気があり、仕上がったら何とも言えない手作りの良さが現れる。そして、実際に着て、何度も洗濯すると当然形もゆがむし、縮んだり、色も落ちるだろう。次第にあたりも出てくるのを見つけるのもひそかな喜びだ。
普及している市販されたブランドのデニムは縫い終わったら、洗い加工なんかするそうで、USED感を高めると聞いた。店頭に並ぶと既に履きこなした感のある、しかし新品のデニムが売られているのだ。新品なのにUSED感が完成している。すごい。
自分で作ると普段の楽しいお洗濯♪を繰り返すことで徐々にナチュラルなUSED感を楽しむことが出来る。
今回は二作目ということもあり、順調に進めてきた。しかし、やはりしょうもない失敗は毎度のことで、タブというのか、両サイドにつけるところをど真ん中につけてしまった。
こんな時にも自作だろう(笑)
てなわけで、春秋用のデニムジャケットを作ることにした。
①みんな大好き中華スマホ(愛機:HUAWEI)を格納できる内ポケットが欲しい。
②前回の少しサイズダウンした仕上がり。
③今作は2ndタイプ(胸ポケットが左右二つ)とフラップ。
前作の反省点と概要は以下の通り。
洗濯すると革パッチがまだらに青く染まって汚れた。
⇒これ正直、がっかりした。洗濯前にオイルを塗布することにした。
縫い方を見直ししたい部分があった。
⇒向上心しかない。
春秋用なので、シャツを着て丁度サイズ。
⇒いつもうまくいく俺は天才かもしれない。
⇒自分で作る喜び。
今作に予定している生地はずいぶん前に買い置きしていたので出番待ちだった。
幅75センチのセルビッジで、1メートルあたり150円! およそ12.5オンス。手触りはしっかりした印象。糊が効いている。
多分、こんなに安く今後この価格で買うのは難しい。何せ、80過ぎた爺さんが一人でやってた生地屋さんのワゴンにあった格安端切れだった。
もう、その店はなくなった。
今回のジャケット製作のコンセプトもオールシングルステッチ、足ふみミシンはSINGER188Uでキメる。(キメる」というのを使ってみたかった。(笑)
ご存じの方には無用の説明だが、初心者やこれから取り組んでみたいという方、興味本位で読んでくれているごく一部の変質者の方などを対象に、やすやすと理解できない変態ワールドを少し紹介しよう。
俺のSINGER188Uは、ご覧の通りシルバー塗装で渋く決まっている。確か、製造年は1956年ごろの古い、今でも変態関係者の間ではどういうわけか根強い人気のミシンなのだ。
| ずいぶん散らかっているが気にしない。 |
アメリカブランドだが、このミシンは日本製造らしい。当時から世界中でシンガーミシンを製造していたそう。188Uの「U」は宇都宮に工場があったそうな。アルファベットの頭文字を型番につけたらしい。
で、こんな古いミシンでもきちんと作動するし、縫い味も大変よい。整備士(オレ)の腕がいい。(うそ)というより、職業用足ふみミシンがたどり着いた最高水準がこのモデルなのかという評価もなんとなくうなずける。
構造は足ふみミシンのTAという職業用規格のもので、現在のモーター式の職業用(工業用)などの規格と同一サイズだ。家庭用ミシンよりも少し大きく、懐という部分も大きいのでジャケットなど縫うときにくぐらせるのにはこれくらいが丁度いい。
色んなアタッチメントは現在でも手に入るし、使える。豊富な種類がある。それらを使いこなすことが出来ると洋裁の世界が開ける。(はずだ)
針、針板、押さえ金、ボビン・ボビンケース、革ベルトなど、いまだに新品補給部品が手に入る。釜が傷んでも新品が売られている。つまり、自分でメンテナンスが出来れば釜だって3~4千円程度で買える。コンピュータ基盤を使わないので、長持ちするのだと言える。
ミシン整備を始めた数年前、俺はミシンの構造すら知らず、まして「釜」など知るはずもなかったが、今はこんなブログで「釜は~・・・」とか知ったように書いているがいい加減なもんだ。
電気を使わない構造だが、たかが金属の塊なのでねじ回しなんかでいじり倒し、各所に油を差せば何とかなる。いじっているうちに色んな壁にぶち当たることもあるが、今時ネット検索とYoutubeでほぼ問題は解決できるだろう。
職業用足ふみミシンを選ぶときは統一規格なので歌手だけでなく、蛇の目、他に三菱でも重機でも兄弟でも同じ規格で基本構造は変わらないはずだ。あとは自分勝手な勘違いで好きなブランドを選べばいい。俺はヤフーオークションで入手した。
マニュアルは類似型番のものになるけれど、歌手のHPからダウンロードできる。蛇の目だっていまだにマニュアルがダウンロードできる親切な業界だ。
しかし、マニュアルだけに頼るような心根で何とかなると思わないでほしい。マニュアルに書かれていることだけがすべてではないのと、むしろマニュアルに書かれていることはごく基本的な一部だと覚悟されるがよろしい。
ご存じ、電気を使わない足ふみミシンは現在のコンピュータミシンとは違う、アナログ機械である。匙加減、手加減であらゆる調子が微妙に変わる。ダイヤル・ねじの締め具合、加減一つ一つの手作業がすべてと言って過言ではないだろう。デジタルの数値化されたセッティング感覚とはだいぶ違う。
最初にセッティングがうまくいけば、糸調子ダイヤルと下糸の調子を微調整するだけでたいていのものを縫うのには問題ない。色んな古い家庭用ミシンをいじってみたが、職業用足ふみミシンが電気代もかからないし、縫うスピードも自分の足漕ぎで超スローから最速まで自由自在である。手回しというのも要所で使う。体全体で縫っているという感覚は、分野は違うが自転車の運転にも共通した感覚である。
前回の冬用デニムジャケットの制作を始める時も似たような風景だったが、今回は春秋用としての制作開始である。毎度、差金を使うのはおなじみ。
![]() |
| スタートはいつもこんな感じだ。 |
いわゆるリーバイス2ndモデルを真似するので、胸ポケットは左右につける。フラップ(ふたも同様)
アイロンは家庭用の30年前からのスチーム付きで、水道水を入れるとカルキ成分が出るので微妙に汚れたりする。そもそもアイロンがめんどくさい。
アイロンを使うと生地に染み込んでいる糊のような成分が固まり、テカテカするので使わないことにする。小中さんの技を真似した、なんちゃって手曲げ縫製である。
縫い目はゆがむこともあるし、工業用ミシンで製造される、いわゆる製品ではない。
しかし、アイロンを使わず、足ふみミシン独自の雰囲気があり、仕上がったら何とも言えない手作りの良さが現れる。そして、実際に着て、何度も洗濯すると当然形もゆがむし、縮んだり、色も落ちるだろう。次第にあたりも出てくるのを見つけるのもひそかな喜びだ。
普及している市販されたブランドのデニムは縫い終わったら、洗い加工なんかするそうで、USED感を高めると聞いた。店頭に並ぶと既に履きこなした感のある、しかし新品のデニムが売られているのだ。新品なのにUSED感が完成している。すごい。
自分で作ると普段の楽しいお洗濯♪を繰り返すことで徐々にナチュラルなUSED感を楽しむことが出来る。
![]() |
| 何をやってるのかって、脇から袖を縫っているところだ。 |
今回は二作目ということもあり、順調に進めてきた。しかし、やはりしょうもない失敗は毎度のことで、タブというのか、両サイドにつけるところをど真ん中につけてしまった。
とてもうまくできた!と眺めると、この通り。
で、ほどいて付け直す。何事もなかったように美しく仕上がった。
そう、ボタンホールは前回もお願いした同じ店で仕上げてもらう。ボタンホールミシンの値段を聞いてびっくりしたが、当然と言われれば当然かもしれない。
ボタンホールがいっちょ前のものになると、全体のグレードもグっと上がる。
ボタンは数が足りなかったので、カフスだけ別のにした。これはこれで良しとする。
何事も失敗すればやり直せばいい。失敗がいけないのではなく、修正力が問われるのだ。そもそも失敗しなければいいという正論は面白くない。
時に、勢いあるけれど、何か未熟な作品に不思議な魅力を感じる時がある。なんにでもいえることかもしれないが、「完成美」というものがあるとするなら、「未熟故の美」と言えようか。そんなジャケットに仕上がったとしみじみ思う。この春、シャツの上に着ることにする。
誰よりも失敗に対する評価は優しく、誰よりも失敗を許す広い心に完成のファンファーレが鳴り響いた。
第二作、セカンドモデル完成!
最後まで読んでくれてどうもありがとう。
で、ほどいて付け直す。何事もなかったように美しく仕上がった。
そう、ボタンホールは前回もお願いした同じ店で仕上げてもらう。ボタンホールミシンの値段を聞いてびっくりしたが、当然と言われれば当然かもしれない。
ボタンホールがいっちょ前のものになると、全体のグレードもグっと上がる。
ボタンは数が足りなかったので、カフスだけ別のにした。これはこれで良しとする。
何事も失敗すればやり直せばいい。失敗がいけないのではなく、修正力が問われるのだ。そもそも失敗しなければいいという正論は面白くない。
時に、勢いあるけれど、何か未熟な作品に不思議な魅力を感じる時がある。なんにでもいえることかもしれないが、「完成美」というものがあるとするなら、「未熟故の美」と言えようか。そんなジャケットに仕上がったとしみじみ思う。この春、シャツの上に着ることにする。
誰よりも失敗に対する評価は優しく、誰よりも失敗を許す広い心に完成のファンファーレが鳴り響いた。
第二作、セカンドモデル完成!
最後まで読んでくれてどうもありがとう。
2020年2月1日土曜日
1991年の武漢・中国の旅
1991年2月28日 上海に上陸した。
4日ほど市内をうろついてフェリーに乗った。行先は武漢だ。
武漢行きのフェリーは5等(正確ではない)くらいあって、外国人が乗れるカテゴリーは3等までだったと思う。フェリーの切符の手配は上海市内をほっつき歩いていた時に見つけた中国旅行を取り扱う旅行社で頼んだ。対応してくれた女の子の日本語が上手で、半ば下心からだ。
当時俺は2等船室の2段ベッドの下側の一つに転がって船旅をした。一等にはシャワールームが完備されており、素知らぬ顔をして使わせてもらった。外国人の俺は大目に見てくれていたのだと思う。
未だ、芽吹いてもいない冬から春になる前の寒い時期だった。
景色は行けどもはげ山か、殺伐とした枯れた風景が続いていた。
長江は向こう岸がほとんど見えない。こんなにデカい川は日本にない。
時折川岸に近い町や村の景色に近づくこと、そほんの少しの彩りもあったが、ほとんどの場合、グレーな景色だ。
2日目だったか、同室の中国人青年から話しかけられた。聞くと同世代でアメリカ出張の帰りだという武漢出身の江浩氏。彼は武漢大学を卒業し、水道蛇口メーカーで働く。
アメリカ出張だったが、本国から帰ってこいと命令があったので帰らざるを得ななかったと言う。船内で色んな話をした。
途中、南京港で停泊するわずかな時間に上陸し、港の売店まで行ってローストチキンを指さし、中華包丁でドスンドスンとカットしてもらい袋に詰めてもらったり、オレンジを買って船室で食べたりした。ある時は船のビュッフェコーナーで「合飯」といういわゆる中華丼のような弁当形式のものを食べたりもした。
1等は4人部屋になっていて、2等は8人部屋。3等は10人部屋のようでいずれも2段ベッドの形式である。4等、5等は詳しくわからないが相当の運賃と客層も幅広い印象だった。大きい荷物を持ち込む人や下層階の中には家畜のような動物(多分ヤギやアヒルなど)を載せていたように思う。
2等に乗船できる位の人はまあまあのステイタスのようで、ある人は学校の教授だったり学者だったり、普通の子連れの母親もいた。1等に乗船している人は見かけなかったので、その時は空っぽなのではないかと思われた。
上海から武漢までの長江を遡上してゆくので海と違い波もなく揺れない。船の振動はあるにはあるが瀬戸内を走る日本国内のフェリーよりも静かなのではないだろうか。
当時の物価を思い出すと、上海の南京飯店はツイン一泊、3000円、ドミトリーの浦東飯店は20人部屋で1ベッド450円くらい。南京大学留学生宿舎は4人部屋1ベッド300円くらいだった。
レストランは一人で食べる分には500円から1000円もかからなかった。簡単なスナック程度か、露天の春巻きとかで数十円で済ませることも多かった。
当時は圧倒的な経済格差があった。時に、中国人の中年のおやじから白い目で見られているような殺気を感じたこともあった。貧乏面したガキが裕福な大人だけが知るレストランに出入りするのだから、今から思えば当然と言えば・・・だろうか。
武漢では、船で知り合った江浩氏が紹介してくれた招待所に宿泊した。
ある時、彼の勤務する会社のビルの17階にあるオフィスに案内してもらい、武漢の街のオレンジ色の屋根瓦の街並みが見える眺望だった。
黄鶴楼、西湖、東湖、鉄道駅(武漢・武昌・漢口)などを見学したり、長江にかかる橋を眺めたり、渡し船で対岸まで行ったりして一通り、おのぼりさんコースをふらついた。
ある時、武昌駅からほど近いホテル(飯店)に宿泊した。そこでひどい下痢に襲われた。フロントで腹を下したので病院はどこだと尋ねると、フロントのお兄さんは病院まで連れてってくれた。
しかもなぜか病室まで一緒に入ってきて診察に付き添ってくれ、医師からは魚を食ったかとか聞かれ、覚えていない云々と答えると尻に注射するという。
当時の中国でどんな注射なのか十分な説明が理解できないままでは打たれるのは嫌だと思い、拒否した。すると内服薬を処方してくれた。付き添ってくれたフロントのお兄さんはホテルに帰るなりスタッフ仲間に俺が注射が怖いとビビってたと笑いもののネタにされた。(笑)
病院代も薬代も記憶にないくらい安くすんだと思う。武昌駅近くの飯店スタッフは良心的な病院の付き添いとハートフルな笑いもの扱いでとてもいい思い出が出来た。
あの時の病院の医者のオーバー気味なジェスチャー(尻に注射を打ってやる!)という情景が忘れられない。
「武漢」という一面見出しのニュースをみると、新型コロナウイルスは残念だが、30年前に出会った武漢の人々は純朴な人達だったし、豊かな懐の広く深い人々が暮らす大都市である。近年は日本企業が進出し、地下鉄網も張り巡らされ発展しているらしい。
一日も早い収束と武漢、中国の人々の平安を願う。
読んでくれてありがとう。
おわり。
4日ほど市内をうろついてフェリーに乗った。行先は武漢だ。
武漢行きのフェリーは5等(正確ではない)くらいあって、外国人が乗れるカテゴリーは3等までだったと思う。フェリーの切符の手配は上海市内をほっつき歩いていた時に見つけた中国旅行を取り扱う旅行社で頼んだ。対応してくれた女の子の日本語が上手で、半ば下心からだ。
当時俺は2等船室の2段ベッドの下側の一つに転がって船旅をした。一等にはシャワールームが完備されており、素知らぬ顔をして使わせてもらった。外国人の俺は大目に見てくれていたのだと思う。
未だ、芽吹いてもいない冬から春になる前の寒い時期だった。
景色は行けどもはげ山か、殺伐とした枯れた風景が続いていた。
長江は向こう岸がほとんど見えない。こんなにデカい川は日本にない。
時折川岸に近い町や村の景色に近づくこと、そほんの少しの彩りもあったが、ほとんどの場合、グレーな景色だ。
2日目だったか、同室の中国人青年から話しかけられた。聞くと同世代でアメリカ出張の帰りだという武漢出身の江浩氏。彼は武漢大学を卒業し、水道蛇口メーカーで働く。
アメリカ出張だったが、本国から帰ってこいと命令があったので帰らざるを得ななかったと言う。船内で色んな話をした。
途中、南京港で停泊するわずかな時間に上陸し、港の売店まで行ってローストチキンを指さし、中華包丁でドスンドスンとカットしてもらい袋に詰めてもらったり、オレンジを買って船室で食べたりした。ある時は船のビュッフェコーナーで「合飯」といういわゆる中華丼のような弁当形式のものを食べたりもした。
1等は4人部屋になっていて、2等は8人部屋。3等は10人部屋のようでいずれも2段ベッドの形式である。4等、5等は詳しくわからないが相当の運賃と客層も幅広い印象だった。大きい荷物を持ち込む人や下層階の中には家畜のような動物(多分ヤギやアヒルなど)を載せていたように思う。
2等に乗船できる位の人はまあまあのステイタスのようで、ある人は学校の教授だったり学者だったり、普通の子連れの母親もいた。1等に乗船している人は見かけなかったので、その時は空っぽなのではないかと思われた。
上海から武漢までの長江を遡上してゆくので海と違い波もなく揺れない。船の振動はあるにはあるが瀬戸内を走る日本国内のフェリーよりも静かなのではないだろうか。
当時の物価を思い出すと、上海の南京飯店はツイン一泊、3000円、ドミトリーの浦東飯店は20人部屋で1ベッド450円くらい。南京大学留学生宿舎は4人部屋1ベッド300円くらいだった。
レストランは一人で食べる分には500円から1000円もかからなかった。簡単なスナック程度か、露天の春巻きとかで数十円で済ませることも多かった。
当時は圧倒的な経済格差があった。時に、中国人の中年のおやじから白い目で見られているような殺気を感じたこともあった。貧乏面したガキが裕福な大人だけが知るレストランに出入りするのだから、今から思えば当然と言えば・・・だろうか。
武漢では、船で知り合った江浩氏が紹介してくれた招待所に宿泊した。
ある時、彼の勤務する会社のビルの17階にあるオフィスに案内してもらい、武漢の街のオレンジ色の屋根瓦の街並みが見える眺望だった。
黄鶴楼、
ある時、武昌駅からほど近いホテル(飯店)に宿泊した。そこでひどい下痢に襲われた。フロントで腹を下したので病院はどこだと尋ねると、フロントのお兄さんは病院まで連れてってくれた。
しかもなぜか病室まで一緒に入ってきて診察に付き添ってくれ、医師からは魚を食ったかとか聞かれ、覚えていない云々と答えると尻に注射するという。
当時の中国でどんな注射なのか十分な説明が理解できないままでは打たれるのは嫌だと思い、拒否した。すると内服薬を処方してくれた。付き添ってくれたフロントのお兄さんはホテルに帰るなりスタッフ仲間に俺が注射が怖いとビビってたと笑いもののネタにされた。(笑)
病院代も薬代も記憶にないくらい安くすんだと思う。武昌駅近くの飯店スタッフは良心的な病院の付き添いとハートフルな笑いもの扱いでとてもいい思い出が出来た。
あの時の病院の医者のオーバー気味なジェスチャー(尻に注射を打ってやる!)という情景が忘れられない。
「武漢」という一面見出しのニュースをみると、新型コロナウイルスは残念だが、30年前に出会った武漢の人々は純朴な人達だったし、豊かな懐の広く深い人々が暮らす大都市である。近年は日本企業が進出し、地下鉄網も張り巡らされ発展しているらしい。
一日も早い収束と武漢、中国の人々の平安を願う。
読んでくれてありがとう。
おわり。
2019年12月28日土曜日
足踏みミシンでデニムジャケット製作記 4/4 静かにフィナーレ やったぞ完成編!!
今年も振り返るるとネガティブニュースに振り回された一年だった。自分の書いたのを読み返したら、自分ながらネガティブなムードがぷんぷんする。修練が足りない。
自宅に帰り、さっそくボタンを打った。
今年の総決算としてデニムジャケットが完成した。感動のフィナーレとなったことに、ただただ関係者や静かに見守ってくれたブログ読者諸氏に感謝したい。
いろいろと仕様をどうしようか、考えながらの同時進行で製作してきたが、迷いながら、失敗し軌道修正しながらの「完成」と言っていいだろう。
深層ではいけない傾向だとは感じつつ、年の瀬に思うのは、来年こそはポジティブ路線を標榜したい。(と思う。そして希望。)
年内の出来事を振り返るほどの余裕もない毎日で、こんな暮らしはよくないと思いつつ、忙しさの合間を縫って、ボタンホールを仕上げにかかった。と、いっても専門業者へ持ち込んでお願いする。
糸の色も選べるようだ。あまり悩むことなく、これでと指した色は濃紺というのか、チャコールグレーというのかそのあたりの感じだ。光線によって見え方は変わったりするからよほど生地の色と違うのならわかりやすいが、どちらかと言えば目立たない方の部類の色から選択した。
糸の色も選べるようだ。あまり悩むことなく、これでと指した色は濃紺というのか、チャコールグレーというのかそのあたりの感じだ。光線によって見え方は変わったりするからよほど生地の色と違うのならわかりやすいが、どちらかと言えば目立たない方の部類の色から選択した。
自宅に帰り、さっそくボタンを打った。
今年の総決算としてデニムジャケットが完成した。感動のフィナーレとなったことに、ただただ関係者や静かに見守ってくれたブログ読者諸氏に感謝したい。
いろいろと仕様をどうしようか、考えながらの同時進行で製作してきたが、迷いながら、失敗し軌道修正しながらの「完成」と言っていいだろう。
要所に耳使いしたので赤いラインがポイントになった。よくある仕様ではあるが、このセルビッジ生地の耳使いは個人的に気に入っている。
襟の内側。直線で縫うようにした。(購入したパターンの原型を変更した)
あと、カフス内側、見ごろ前立て内側、ベルト布内側をセルビッジ耳使い。
革パッチのステッチは返し縫いせず、襟側から始めて一筆書きで襟に抜けるようにした。ビンテージで見られる仕様を参考にした。後ろ見ごろもオリジナルデザインを変更してTバックにし、タックを付けた。今回のセルビッジ生地の幅が71センチだったので、ギリギリ取れなかったために2分割したのだ。
バックルベルトというのだろうか、調整ベルトを付けた。これもオリジナルパターンにはないもので適当に自作した。尾錠は針なしのものである。針の尾錠は刺さると痛いし。
足踏みミシンでデニムジャケットが完成した!!
個人で作ったジャケット一着だけのボタンホールを快く受けてやってくれたボタンホール専門業の方にも感謝。まさか手縫いで仕上げるなどとアホなことを考えて一日かけてやってみたが、専門業のボタンホールを見たとき、速さ、正確性、使用糸の色選択、コストなどつくづく太刀打ちできないということがわかった。こんなことならもっと早くお願いするべきだった。
とても良心的な価格で対応してくださったことに感謝と同時にあまりにも思った以上に安くしてくれて恐縮した。ボタンホール業はこれからますます注目分野として期待されていることも知ることが出来た。いい社会勉強をさせていただいた。しばらく下げた頭を上げることが出来ないでいる。
今回、初めてデニムジャケット製作に挑戦したきっかけを与えてくれた、型紙の会社「Full Of Patterns」さんにも改めて感謝したい。この型紙のおかげで納得いくジャケットが完成した。補正もした、若干の変更も取り入れた。基本のパターンがあってこその完成だった。
デニムジャケットを軸にいろいろとできる限りの情報収集をして、パターンを購入し、材料をそろえ、ボタンホールをお願いしたり色んな人々に支えられて一つの作品が完成した。先にも書いたが、今年も色んなネガティブニュースがある度、世間はどこまでも残酷で、しかもいじめや暴力、事故などとめどなく毎日どこかで起こっている。本当にこんな悲惨隠滅な日常が当たり前なのかと周りを見回しても、そうそうそんな事態は起こっていない。
デニムジャケットを通じて言葉を交わした人たちは善良な一市民の皆さんだ。一人一人、時として苦労されることもあるかもしれない。人知れず色んな問題を抱えているかもしれない。しかし、まんざら不幸せなのかというと、そうでもなさそうに見える。見かけで判断できないかもしれないが、縁あって言葉を交わすことがあったなら快く対応してくれる善良な人々である。ものづくりを通じて関わった方たちすべての皆様に感謝したいのと、来年もよい年であることを願いつつ・・・。
完成報告のつもりだが、実際はこれから着用し、洗濯して洗い縮みも起こるし色落ちもするだろう。くたびれることもあるだろうし、経年変化による味わいが加わったりもするかもしれない。工業製品ではない、個人作品としてのデニムジャケットはどの時点が完成なのかという明確なものはないのだと思っている。ただ、一つの節目としての完成だろう。
これからしばらくは使ったミシンの整備と使っていないミシンの整備、次に使うであろう予定のミシンの整備、そして触りたい気分のミシンの整備清掃のシーズンとなる。そして、整備した後のミシンの再点検と整備、また、次に使う予定のミシンの整備した後の再点検と再整備など整備予定が目白押しである。何を言っているのか自分でもわからないが、要するに整備するのが待ち遠しい。
実は、まだデニム生地(セルビッジ)2mが二枚残っていて、デニムパンツを作ろうと予定している。合計4mあるのでもう一度デニムジャケット(春秋用)でもいいかもしれない。今度は2ndモデルなんかもいいかもしれない。
最後まで辛抱強く読んでくれた人に感謝。どうもありがとう。
おわり
襟の内側。直線で縫うようにした。(購入したパターンの原型を変更した)
あと、カフス内側、見ごろ前立て内側、ベルト布内側をセルビッジ耳使い。
革パッチのステッチは返し縫いせず、襟側から始めて一筆書きで襟に抜けるようにした。ビンテージで見られる仕様を参考にした。後ろ見ごろもオリジナルデザインを変更してTバックにし、タックを付けた。今回のセルビッジ生地の幅が71センチだったので、ギリギリ取れなかったために2分割したのだ。
バックルベルトというのだろうか、調整ベルトを付けた。これもオリジナルパターンにはないもので適当に自作した。尾錠は針なしのものである。針の尾錠は刺さると痛いし。
足踏みミシンでデニムジャケットが完成した!!
個人で作ったジャケット一着だけのボタンホールを快く受けてやってくれたボタンホール専門業の方にも感謝。まさか手縫いで仕上げるなどとアホなことを考えて一日かけてやってみたが、専門業のボタンホールを見たとき、速さ、正確性、使用糸の色選択、コストなどつくづく太刀打ちできないということがわかった。こんなことならもっと早くお願いするべきだった。
とても良心的な価格で対応してくださったことに感謝と同時にあまりにも思った以上に安くしてくれて恐縮した。ボタンホール業はこれからますます注目分野として期待されていることも知ることが出来た。いい社会勉強をさせていただいた。しばらく下げた頭を上げることが出来ないでいる。
今回、初めてデニムジャケット製作に挑戦したきっかけを与えてくれた、型紙の会社「Full Of Patterns」さんにも改めて感謝したい。この型紙のおかげで納得いくジャケットが完成した。補正もした、若干の変更も取り入れた。基本のパターンがあってこその完成だった。
デニムジャケットを軸にいろいろとできる限りの情報収集をして、パターンを購入し、材料をそろえ、ボタンホールをお願いしたり色んな人々に支えられて一つの作品が完成した。先にも書いたが、今年も色んなネガティブニュースがある度、世間はどこまでも残酷で、しかもいじめや暴力、事故などとめどなく毎日どこかで起こっている。本当にこんな悲惨隠滅な日常が当たり前なのかと周りを見回しても、そうそうそんな事態は起こっていない。
デニムジャケットを通じて言葉を交わした人たちは善良な一市民の皆さんだ。一人一人、時として苦労されることもあるかもしれない。人知れず色んな問題を抱えているかもしれない。しかし、まんざら不幸せなのかというと、そうでもなさそうに見える。見かけで判断できないかもしれないが、縁あって言葉を交わすことがあったなら快く対応してくれる善良な人々である。ものづくりを通じて関わった方たちすべての皆様に感謝したいのと、来年もよい年であることを願いつつ・・・。
完成報告のつもりだが、実際はこれから着用し、洗濯して洗い縮みも起こるし色落ちもするだろう。くたびれることもあるだろうし、経年変化による味わいが加わったりもするかもしれない。工業製品ではない、個人作品としてのデニムジャケットはどの時点が完成なのかという明確なものはないのだと思っている。ただ、一つの節目としての完成だろう。
これからしばらくは使ったミシンの整備と使っていないミシンの整備、次に使うであろう予定のミシンの整備、そして触りたい気分のミシンの整備清掃のシーズンとなる。そして、整備した後のミシンの再点検と整備、また、次に使う予定のミシンの整備した後の再点検と再整備など整備予定が目白押しである。何を言っているのか自分でもわからないが、要するに整備するのが待ち遠しい。
実は、まだデニム生地(セルビッジ)2mが二枚残っていて、デニムパンツを作ろうと予定している。合計4mあるのでもう一度デニムジャケット(春秋用)でもいいかもしれない。今度は2ndモデルなんかもいいかもしれない。
最後まで辛抱強く読んでくれた人に感謝。どうもありがとう。
おわり
足踏みミシンでデニムジャケット製作記 3/4 ほぼ完成か? 失敗もまた人生
とうとうたどり着いた。
袖、脇を縫い、カフス、ベルト布を縫った。
はやる気持ちを抑え、袖を通した。
1つ1つ挙げるときりがないが、いくつもの失敗を乗り越えてたどり着いた。しかし、(ほぼ)出来上がったら嬉しさのあまり、失敗した苦労も報われる。
失敗のない人生はつまらないと思ったり、、実際に失敗だらけの人生だから、面白い毎日を過ごしているという自負がある。(これ、世間では負け惜しみというように思うが)
何事も最初からできるはずがないと自分に制限をかけたら、できるものも出来ない。
目指すべきは、今よりもほんの少しの高い目標と、自分にできないという自己暗示での縛りをやめ、どうすればできるか、それ一心で取り組めば人生は何とでもなるんじゃないかとつくづく思う。
たかが、デニムジャケット。
足ふみミシンを始めたのは、デニムジャケットを目標にしていたわけではなく、単にミシンを整備したいからという動機だった。油を差し、整備して磨いた足ふみミシンで何をしたいというわけでもなかった。整備して磨くことに喜びを感じていた。(多分世間では変態という部類だと思う)
でも、結果としてデニムジャケットが(ほぼ)完成する。
市販のパターンを使った。完全な手作りではない。ハンドメイドと言ったりするのだろうか、たいていのハンドメイドとは材料を買い、組み合わせ、加工して別のものを作るということかと思う。
そもそも生地は買った。世の中の誰かが作ったものを誰かが売っていたので誰かから買った。糸だってそうだ。革パッチだって、真鍮金型を作ったけれど、真鍮自体は東急ハンズで買った。真鍮を彫るための道具もアマゾンやホームセンターで買った。
袖、脇を縫い、カフス、ベルト布を縫った。
はやる気持ちを抑え、袖を通した。
まだ完成はしてないがほぼ完成したと言っていいだろう。ほぼ、カニ…とかほぼホタテ…とはちがう。ほぼタラバとかもあったような。
1つ1つ挙げるときりがないが、いくつもの失敗を乗り越えてたどり着いた。しかし、(ほぼ)出来上がったら嬉しさのあまり、失敗した苦労も報われる。
失敗のない人生はつまらないと思ったり、、実際に失敗だらけの人生だから、面白い毎日を過ごしているという自負がある。(これ、世間では負け惜しみというように思うが)
素人個人が初めて作るデニムジャケットなので仕上がりの程度は必ずしも良いかどうかわからない。写真を見て色んな意見があるかと思うが、俺としては丁寧に作ったつもりだが雑かもしれない。はじめてにしてはよくできたと自画自賛して、次の創作につなげたい。着てみて気に入らないところがあればまた作るまでだ。
何事も最初からできるはずがないと自分に制限をかけたら、できるものも出来ない。
目指すべきは、今よりもほんの少しの高い目標と、自分にできないという自己暗示での縛りをやめ、どうすればできるか、それ一心で取り組めば
たかが、デニムジャケット。
足ふみミシンを始めたのは、デニムジャケットを目標にしていたわけではなく、単にミシンを整備したいからという動機だった。油を差し、整備して磨いた足ふみミシンで何をしたいというわけでもなかった。整備して磨くことに喜びを感じていた。(多分世間では変態という部類だと思う)
でも、結果としてデニムジャケットが(ほぼ)完成する。
市販のパターンを使った。完全な手作りではない。ハンドメイドと言ったりするのだろうか、たいていのハンドメイドとは材料を買い、組み合わせ、加工して別のものを作るということかと思う。
そもそも生地は買った。世の中の誰かが作ったものを誰かが売っていたので誰かから買った。糸だってそうだ。革パッチだって、真鍮金型を作ったけれど、真鍮自体は東急ハンズで買った。真鍮を彫るための道具もアマゾンやホームセンターで買った。
ありとあらゆる道具、資材、原材料、その他もろもろの多くは誰かの手によって作られたものを使った。
何が言いたいのかというと、自分だけの力で完成させたわけではなく、材料は買い揃えたし、要するに誰かの力を拝借しているのだ。
そこらへんに散らばっていた道具類を集めて撮った。
一部なので、総動員するととんでもない。多分これの100倍くらいの物量があると思う。・・・100倍は盛りすぎか?きちんと数えたことはないが、相当あるぞ。
(ほぼ)完成と言いつつ、肝心のボタンホールとボタンがまだだ。
ボタン穴かがりを手縫いでできるか一日費やしてやってみた。
発表できるような内容ではないのでテスト結果の写真は掲載しない。いくつか試作したが、使えなくもないような「おっ!」という出来栄えの穴かがりもあった。しかし、まぐれに終わった。前5個、カフス左右1個ずつ計2個の大小合わせて7個の穴を均一にかがるのは難しい。2個3個と続けてみるが、うまくできない。これでは同じ品質のボタンホールにならず、不ぞろいすぎて目指すべきものではなくなる。自分には優しい自分でもさすがに自分を許すことはできないほど、どうしようもないくらいだ。これは俺自身の腕の問題である。
修行が必要のようだ。
今の俺の技量は合格ラインには及ばない。撃沈である。ある意味当たり前さ。一日でボタンホールがかがれるはずもない。ここはあっさりと降参して、最初に書いたニュアンスと真逆になったが気にしない。はい次。
職業用ボタンホーラーは買うと1万円近くするし、できるボタン穴のかがり具合は色んな情報から察するに期待するほどの大した品質ではないように思う。一万円の設備投資でプロ級のボタンホールが出来るなら誰も苦労しないはずで、穴かがり専門業の存在意義がなくなるはずである。しかし、専門業は存在し続けているところを考えると、絶対的な違いがあるのだということだろう。
また、今ある家庭用ミシンでもできなくはない。が、しかし、ここまで来て家庭用ミシンのボタンホールのクオリティーは今回のデニムジャケットのクオリティーと釣り合わないと判断した。手縫いも即戦力では無理、したらば、専門にお願いするしかない。
ここまで来て考えると、さも自分ひとりで作ったなどという表現は適当ではなく、嘘になる。デニムジャケットの(ほぼ)完成を見て、いかに自分ひとりで生きているわけではないという当たり前を痛感する。生きている限り誰かの世話になり、誰かに迷惑をかけていることを薄々感じているが、そんなはずはないと自分に嘘をついて暮らしているのかもしれない。
この次はとうとうボタンホールが仕上がり、ボタンをつけて、リベットを打ち、最終報告となる。今回のゴールを報告できることを幸いに思う。縫製の仕上がりとデザイン、仕様などを余すことなく発表できると思う。自己満足の最高潮と言えるかもしれない。自分だけの記録のつもりだったが、ブログという記録媒体を拝借して世間にも公表するということになりそうだ。
毎度、最後まで読んでくれた人に感謝。
何が言いたいのかというと、自分だけの力で完成させたわけではなく、材料は買い揃えたし、要するに誰かの力を拝借しているのだ。
そこらへんに散らばっていた道具類を集めて撮った。
一部なので、総動員するととんでもない。多分これの100倍くらいの物量があると思う。・・・100倍は盛りすぎか?きちんと数えたことはないが、相当あるぞ。
(ほぼ)完成と言いつつ、肝心のボタンホールとボタンがまだだ。
ボタン穴かがりを手縫いでできるか一日費やしてやってみた。
発表できるような内容ではないのでテスト結果の写真は掲載しない。いくつか試作したが、使えなくもないような「おっ!」という出来栄えの穴かがりもあった。しかし、まぐれに終わった。前5個、カフス左右1個ずつ計2個の大小合わせて7個の穴を均一にかがるのは難しい。2個3個と続けてみるが、うまくできない。これでは同じ品質のボタンホールにならず、不ぞろいすぎて目指すべきものではなくなる。自分には優しい自分でもさすがに自分を許すことはできないほど、どうしようもないくらいだ。これは俺自身の腕の問題である。
修行が必要のようだ。
今の俺の技量は合格ラインには及ばない。撃沈である。ある意味当たり前さ。一日でボタンホールがかがれるはずもない。ここはあっさりと降参して、最初に書いたニュアンスと真逆になったが気にしない。はい次。
職業用ボタンホーラーは買うと1万円近くするし、できるボタン穴のかがり具合は色んな情報から察するに期待するほどの大した品質ではないように思う。一万円の設備投資でプロ級のボタンホールが出来るなら誰も苦労しないはずで、穴かがり専門業の存在意義がなくなるはずである。しかし、専門業は存在し続けているところを考えると、絶対的な違いがあるのだということだろう。
また、今ある家庭用ミシンでもできなくはない。が、しかし、ここまで来て家庭用ミシンのボタンホールのクオリティーは今回のデニムジャケットのクオリティーと釣り合わないと判断した。手縫いも即戦力では無理、したらば、専門にお願いするしかない。
ここまで来て考えると、さも自分ひとりで作ったなどという表現は適当ではなく、嘘になる。デニムジャケットの(ほぼ)完成を見て、いかに自分ひとりで生きているわけではないという当たり前を痛感する。生きている限り誰かの世話になり、誰かに迷惑をかけていることを薄々感じているが、そんなはずはないと自分に嘘をついて暮らしているのかもしれない。
この次はとうとうボタンホールが仕上がり、ボタンをつけて、リベットを打ち、最終報告となる。今回のゴールを報告できることを幸いに思う。縫製の仕上がりとデザイン、仕様などを余すことなく発表できると思う。自己満足の最高潮と言えるかもしれない。自分だけの記録のつもりだったが、ブログという記録媒体を拝借して世間にも公表するということになりそうだ。
毎度、最後まで読んでくれた人に感謝。
2019年12月19日木曜日
足踏みミシンでデニムジャケット製作記 2/4 完成前夜編 また失敗
まずはみんな大好き、失敗の話から。
ご覧の通り、折伏せ縫いの為まち針を打つ。
これは袖山。この後地獄を見る。
いい気分で縫ったはいいが、後で気づいた。縫う位置を間違えている。
全行程およそ5,60センチは縫ったが、再びほどいて待ち針を打ち直し、もう一度縫い直すことになった。シングルステッチの縫い目をほどくほどしんどいことはない。これがチェーンステッチなら一発で解決するのだが、一目ずつリッパーでほどくことになる。
案外俺はこの手の失敗に懲りていない。わかる人にはわかるがわからない人にはわからない失敗でもある。これ以上書くとますます暗くなるので詳しくは書かないでおく。
「デニムジャケットの作り方」と検索してもほとんどがダメージ加工を施す内容ばかり。ジーパンもそう。みんな破れたジーンズがとても大好きなのね。おれは笑ってしまうけれど、人それぞれ勝手だもんね。
ご覧の通り、折伏せ縫いの為まち針を打つ。
これは袖山。この後地獄を見る。
いい気分で縫ったはいいが、後で気づいた。縫う位置を間違えている。
全行程およそ5,60センチは縫ったが、再びほどいて待ち針を打ち直し、もう一度縫い直すことになった。シングルステッチの縫い目をほどくほどしんどいことはない。これがチェーンステッチなら一発で解決するのだが、一目ずつリッパーでほどくことになる。
案外俺はこの手の失敗に懲りていない。わかる人にはわかるがわからない人にはわからない失敗でもある。これ以上書くとますます暗くなるので詳しくは書かないでおく。
「デニムジャケットの作り方」と検索してもほとんどがダメージ加工を施す内容ばかり。ジーパンもそう。みんな破れたジーンズがとても大好きなのね。おれは笑ってしまうけれど、人それぞれ勝手だもんね。
素人の洋裁、デニムジャケットを作っている人なんて見つからない。当然、そんなの出来上がった既製品を買うに決まっている。自分で作るなんて、ありえない。
実際のところ、どのくらい素人の人やそれら周辺の人たちがデニムジャケットを自作しているのか、正確な統計値がないので何とも言えないが少なくともここに一人いる。
奥様方で、洋裁の仕事をされている方が、プライベートで縫物をされたりすることもあるだろうが、デニムジャケットを作っているような感じは見当たらない。市販の本のパターンは売られているから挑戦している人は少なからずいると思うけれど、ネットで公表していないのかもしれない。
一部コレクターマニアなどは、様々なデニムの違い、ビンテージモデルや希少性高いものをコレクションしている人がいるようだけれど、だからと自分で作っているというような変態は見当たらない。
変態の生態系は未開である。
そもそも、デニムを作るのは何がいいかというと、生地を縫うときに針棒が生地をたたき、進むときの加減やあいまいな力加減次第によるステッチの不ぞろい感、絶対の予測がつかないところ感がたまらない。これに尽きるといって過言ではない。精巧なコンピュータ制御ではない、工業用ミシンのリズムでもない、足ふみミシンだけの感覚、これが何とも言えずよいのだ。
計算された範囲の及ばない、足ふみミシンの世界なのだ。
そしてこうなる。
あとは、裾から脇、袖を一気に縫い閉じる。そうすると、いよいよ袖を通すことが出来る。この仕上がりの瞬間もたまらない。
閉じたところの写真はこの次に発表する。完成間近。と言ってもボタンホールは一山ありそうな予感がしている。目下、手縫いボタンホールを研究中である。
現在の進捗は完成イブといったところだろうか。
今日も最後まで読んでくれた人に感謝。
おわり
実際のところ、どのくらい素人の人やそれら周辺の人たちがデニムジャケットを自作しているのか、正確な統計値がないので何とも言えないが少なくともここに一人いる。
奥様方で、洋裁の仕事をされている方が、プライベートで縫物をされたりすることもあるだろうが、デニムジャケットを作っているような感じは見当たらない。市販の本のパターンは売られているから挑戦している人は少なからずいると思うけれど、ネットで公表していないのかもしれない。
一部コレクターマニアなどは、様々なデニムの違い、ビンテージモデルや希少性高いものをコレクションしている人がいるようだけれど、だからと自分で作っているというような変態は見当たらない。
変態の生態系は未開である。
そもそも、デニムを作るのは何がいいかというと、生地を縫うときに針棒が生地をたたき、進むときの加減やあいまいな力加減次第によるステッチの不ぞろい感、絶対の予測がつかないところ感がたまらない。これに尽きるといって過言ではない。精巧なコンピュータ制御ではない、工業用ミシンのリズムでもない、足ふみミシンだけの感覚、これが何とも言えずよいのだ。
計算された範囲の及ばない、足ふみミシンの世界なのだ。
そしてこうなる。
あとは、裾から脇、袖を一気に縫い閉じる。そうすると、いよいよ袖を通すことが出来る。この仕上がりの瞬間もたまらない。
閉じたところの写真はこの次に発表する。完成間近。と言ってもボタンホールは一山ありそうな予感がしている。目下、手縫いボタンホールを研究中である。
現在の進捗は完成イブといったところだろうか。
今日も最後まで読んでくれた人に感謝。
おわり
2019年12月17日火曜日
足踏みミシンでデニムジャケット製作記 1/4 裁断・縫製編
今日私は、デニムジャケットを手作りしている愛好家と自称してこのブログを書き進めようと思っている。ジャケットづくり愛好家ではなく、ミシン愛好家かもしれないがどうにでも受け止めてくれていい。
定規にさしがねを使うところは木工DIYのDNA。(笑ってください)
シーチングで試作した。サイズ感を知るには試作するのがいいと実感した。生地代は300円程度分の生地量だった。
先日から、試作機を少し紹介したところでもあるが、何分初めてのデニムジャケット制作なので半ば手探りで進めている。シーチング生地で試作したが、あちこち失敗があったりして、縫い直し、何度かの失敗と縫い直しを繰り返してできた。
これはあくまでサイズ感を知るためだけに作ったのだが、袖を通すとまあまあの仕上がりになったのでこれをもとに本制作に入ることにする。
目標とゴールは必ず一致しないこともあるが、おおむね目指すべき方向は以下の通り。
①自分で整備した足ふみミシンを使う。今回はJANOME TA-761を使用した。
②パターンは今回初めて市販品を採用した。Full Of Patternsさんで購入した「デニムジャケット1st.タイプ」xxlサイズ。
③パターンを一部改良してサイズUPする。(補正ともいうらしい)
④オリジナル革パッチを縫い付ける。(真鍮金型も自作)←これ自慢。
⑤オリジナルタグを縫い付ける。
⑥パターンにはない後ろ見ごろのタック、調整ベルト、耳使い(襟、見返し、袖、ベルト)などの独自加工調整を行う。
⑦縫い代はロック始末ではなくすべて折り伏せ縫いにする。ポケット以外。
⑧細かいことは気にしないけれど、気にすることもある。縫い目はまっすぐにはこだわらない。仕上がりはどちらかというと雑かもしれない。売り物とは違う、自己満足の世界の美しさがわかる人にはわかると思うと信じて疑わない。
⓽愚問を承知であえて市販されるとするならいくらの価格を目指すか、、迷いもなく諭吉5人とする。(時給換算の人件費・材料費なのか、それとも作品としての言い値なのかというと後者である)
自称愛好家としては、ミシンのコンディションは常にスクランブル体制が整っている。
今回はSINGER188Uにするか迷ったが、返し縫いレバーのスプリング機構で手を離すと前進するという親切設計の大きなお世話に少しばかりヒステリックになりそうな自分が嫌でジャノメにお願いする。
ジャノメTA-761は返し縫いレバーは完全マニュアルなので手を放しても元に戻らないためいちいち前進する際は元に戻す必要がある。俺は急がないし、いちいちレバーを前進に戻す手間を手間と思わないこともありどちらかと言えばジャノメの方が自分の感覚に沿っているようで贔屓しているのかもしれない。
ポケットのふちかがりをしているところ。
ふちかがりの出来上がり。
ご覧の通り、ロックミシンは使っていない。専用のアタッチメントが生地を左右に振りながらぎこちないジグザグ基線を描いている。
1st.モデルの特徴の一つ、プリーツはなんでこんなデザインなのか、わからなかったがどうやら縮みを克服するためのものだという説に説得力を感じた。開発当初、生地の縦の収縮率が大きいこともあり着丈が縮む。そこで前身ごろの生地は縦を横に取った。着丈は縮みにくいが、胴回り、胸囲が縮む。それを解消するためプリーツにした。そして、ボックスステッチという仕付け糸レベルの切れやすい糸でしつけると縮んだところが糸が切れて開く。そう計算していたのではないかというもの。
今作の使用糸はダイヤフェザーポリスパン糸を使用したので糸切れなどはカタン糸(綿)とは格段に違い、強靭である。プリーツを広げて着るつもりでもないのであくまでデザインだけのものといった仕上がりになる。糸にこだわるときりがないので普及している手に入れやすいものを常用している。
パンツでもジャケットでもポケットがつくと少しずつ出来上がりに期待して喜びが膨らんでくる。
ヨーク。革パッチとフックを付けた。フック位置は後程再調整しなおした。(革パッチのデザインは一部隠したので深追いしないこと)革パッチのための真鍮金型と焼き鏝には素人ゆえの時間と労力だけは掛けた。自慢と書いたが、自己満足なのだ。
後ろ見ごろ。この次、先のヨークと合体。調整ベルトは全くゆがんだ。写真ではわからないし、洗えば全体が縮んでゆがむ(はず)なので気にしない。
いよいよ襟も付いた。今回の衿付けは一発でうまくいった。もう襟は制覇したと思う(嘘)。あとは袖、カフス、ベルト、ボタン、ボタンホール、リベットと続く。
当初、オリジナルで内ポケットとか、ネーム刺しゅうとか、スマホポケットとか考えもしたが、やめた。
大体の山場は超えたが、楽しみは少し先送りしようと作業を止めた。続きは次回に。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
定規にさしがねを使うところは木工DIYのDNA。(笑ってください)
シーチングで試作した。サイズ感を知るには試作するのがいいと実感した。生地代は300円程度分の生地量だった。
先日から、試作機を少し紹介したところでもあるが、何分初めてのデニムジャケット制作なので半ば手探りで進めている。シーチング生地で試作したが、あちこち失敗があったりして、縫い直し、何度かの失敗と縫い直しを繰り返してできた。
これはあくまでサイズ感を知るためだけに作ったのだが、袖を通すとまあまあの仕上がりになったのでこれをもとに本制作に入ることにする。
目標とゴールは必ず一致しないこともあるが、おおむね目指すべき方向は以下の通り。
①自分で整備した足ふみミシンを使う。今回はJANOME TA-761を使用した。
②パターンは今回初めて市販品を採用した。Full Of Patternsさんで購入した「デニムジャケット1st.タイプ」xxlサイズ。
③パターンを一部改良してサイズUPする。(補正ともいうらしい)
④オリジナル革パッチを縫い付ける。(真鍮金型も自作)←これ自慢。
⑤オリジナルタグを縫い付ける。
⑥パターンにはない後ろ見ごろのタック、調整ベルト、耳使い(襟、見返し、袖、ベルト)などの独自加工調整を行う。
⑦縫い代はロック始末ではなくすべて折り伏せ縫いにする。ポケット以外。
⑧細かいことは気にしないけれど、気にすることもある。縫い目はまっすぐにはこだわらない。仕上がりはどちらかというと雑かもしれない。売り物とは違う、自己満足の世界の美しさがわかる人にはわかると思うと信じて疑わない。
⓽愚問を承知であえて市販されるとするならいくらの価格を目指すか、、迷いもなく諭吉5人とする。(時給換算の人件費・材料費なのか、それとも作品としての言い値なのかというと後者である)
自称愛好家としては、ミシンのコンディションは常にスクランブル体制が整っている。
今回はSINGER188Uにするか迷ったが、返し縫いレバーのスプリング機構で手を離すと前進するという親切設計の大きなお世話に少しばかりヒステリックになりそうな自分が嫌でジャノメにお願いする。
ジャノメTA-761は返し縫いレバーは完全マニュアルなので手を放しても元に戻らないためいちいち前進する際は元に戻す必要がある。俺は急がないし、いちいちレバーを前進に戻す手間を手間と思わないこともありどちらかと言えばジャノメの方が自分の感覚に沿っているようで贔屓しているのかもしれない。
ポケットのふちかがりをしているところ。
ふちかがりの出来上がり。
ご覧の通り、ロックミシンは使っていない。専用のアタッチメントが生地を左右に振りながらぎこちないジグザグ基線を描いている。
1st.モデルの特徴の一つ、プリーツはなんでこんなデザインなのか、わからなかったがどうやら縮みを克服するためのものだという説に説得力を感じた。開発当初、生地の縦の収縮率が大きいこともあり着丈が縮む。そこで前身ごろの生地は縦を横に取った。着丈は縮みにくいが、胴回り、胸囲が縮む。それを解消するためプリーツにした。そして、ボックスステッチという仕付け糸レベルの切れやすい糸でしつけると縮んだところが糸が切れて開く。そう計算していたのではないかというもの。
今作の使用糸はダイヤフェザーポリスパン糸を使用したので糸切れなどはカタン糸(綿)とは格段に違い、強靭である。プリーツを広げて着るつもりでもないのであくまでデザインだけのものといった仕上がりになる。糸にこだわるときりがないので普及している手に入れやすいものを常用している。
パンツでもジャケットでもポケットがつくと少しずつ出来上がりに期待して喜びが膨らんでくる。
ヨーク。革パッチとフックを付けた。フック位置は後程再調整しなおした。(革パッチのデザインは一部隠したので深追いしないこと)革パッチのための真鍮金型と焼き鏝には素人ゆえの時間と労力だけは掛けた。自慢と書いたが、自己満足なのだ。
後ろ見ごろ。この次、先のヨークと合体。調整ベルトは全くゆがんだ。写真ではわからないし、洗えば全体が縮んでゆがむ(はず)なので気にしない。
いよいよ襟も付いた。今回の衿付けは一発でうまくいった。もう襟は制覇したと思う(嘘)。あとは袖、カフス、ベルト、ボタン、ボタンホール、リベットと続く。
当初、オリジナルで内ポケットとか、ネーム刺しゅうとか、スマホポケットとか考えもしたが、やめた。
大体の山場は超えたが、楽しみは少し先送りしようと作業を止めた。続きは次回に。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
2019年12月12日木曜日
神戸の先生へ 大好物は辛いカレー
いじめの考察
私はどんなことがあってもいじめられる人の味方である。
だが、いけないのはいじめられたからといじめ返すことはいけない。いじめを受けたのだから、いじめはいけないと主張しないといけないのに、自分をいじめた相手にいじめの仕返し、これはやってはいけない。
もし、やり返してやりたい、いつか見返してやりたいという思いがあるなら、歯を食いしばってでも努力して笑われない大人になろう。いじめたやつ以上の幸せや喜び、栄冠を勝ち取ろう。
そして、いつの日か恵まれない人々にこれでもかというほどの幸せをおすそ分けする。そんな幸せな未来を思い描いてひたむきに生きる。
これが、いじめたやつに対する正当な対抗姿勢である。
いじめたやつはしょうもない人生を歩んでいる。いつもぬかるんだ道、水たまりがあって、歩きにくい。いじめている常習者はそんな世界が普通と思い込み、生きている。ゆがんだ、どうしようもなく貧しく不幸なヤツでそんな世界から抜け出せずにいる。残念なヤツと思えなくもないが、そうそう許してはいけない。どこまでも勘違いの思考を巡らせているのだろうと笑い飛ばそうではないか。
見て見ぬふりしてた神戸の先生に告ぐ。
自分のとった行動(見て見ぬふり)がいかに社会に悪であるのかをよくよく考えなおし、正直に公表してこれからの人生をどうして生きていくのか、教師として示していくことの十字架を背負う覚悟と決意を改めて考え、その考えを実行するために世間に発表しなさい。
俺は、これからもいじめの情報を見たらこのようなブログ発信をし続ける。多分、世の中のいじめは簡単にはなくならないだろうが、ニュースを見たり、思いついたとき、このような内容のブログを書く。いじめているヤツが読むと気分が悪いかもしれない、しかし、現在もいじめられている人は気分が悪いどころではない。何の落ち度もない彼らがいじめにあい、苦しい思いを持ち続けている以上、やめるつもりはない。
いじめるな。
最後に、
俺は世界中の辛いカレーを食べてきた。常識を超えた辛さを知っているし、大好物だ。いつでもかかってこい。
おわり
先日、神戸のセンセのにいじめに関する持論を書いた。
前回も書いたが、「いじめられるやつにも落ち度や原因がある」という意見には賛成できないと言うスタンスに対して勘違いしているヤツがいるかもしれない。それこそ文句あったらかかってこい。正当な意見なら聞いてやってもいいが、どうせいじめる側の正当な理由などない。例外があれば知りたい。
私はどんなことがあってもいじめられる人の味方である。
だが、いけないのはいじめられたからといじめ返すことはいけない。いじめを受けたのだから、いじめはいけないと主張しないといけないのに、自分をいじめた相手にいじめの仕返し、これはやってはいけない。
もし、やり返してやりたい、いつか見返してやりたいという思いがあるなら、歯を食いしばってでも努力して笑われない大人になろう。いじめたやつ以上の幸せや喜び、栄冠を勝ち取ろう。
そして、いつの日か恵まれない人々にこれでもかというほどの幸せをおすそ分けする。そんな幸せな未来を思い描いてひたむきに生きる。
これが、いじめたやつに対する正当な対抗姿勢である。
いじめたやつはしょうもない人生を歩んでいる。いつもぬかるんだ道、水たまりがあって、歩きにくい。いじめている常習者はそんな世界が普通と思い込み、生きている。ゆがんだ、どうしようもなく貧しく不幸なヤツでそんな世界から抜け出せずにいる。残念なヤツと思えなくもないが、そうそう許してはいけない。どこまでも勘違いの思考を巡らせているのだろうと笑い飛ばそうではないか。
見て見ぬふりしてた神戸の先生に告ぐ。
自分のとった行動(見て見ぬふり)がいかに社会に悪であるのかをよくよく考えなおし、正直に公表してこれからの人生をどうして生きていくのか、教師として示していくことの十字架を背負う覚悟と決意を改めて考え、その考えを実行するために世間に発表しなさい。
俺は、これからもいじめの情報を見たらこのようなブログ発信をし続ける。多分、世の中のいじめは簡単にはなくならないだろうが、ニュースを見たり、思いついたとき、このような内容のブログを書く。いじめているヤツが読むと気分が悪いかもしれない、しかし、現在もいじめられている人は気分が悪いどころではない。何の落ち度もない彼らがいじめにあい、苦しい思いを持ち続けている以上、やめるつもりはない。
いじめるな。
最後に、
俺は世界中の辛いカレーを食べてきた。常識を超えた辛さを知っているし、大好物だ。いつでもかかってこい。
おわり
2019年12月8日日曜日
故障の多いミシン 開発者の苦労の恩恵 今日もミシンは調子いい
ミシンにまつわる話を中心に好き勝手なことを書いているブログです。
と言ってもミシンの詳細を手取り足取り話す内容ではないです。実用性に乏しい、役に立たない内容かもしれません。
散歩して思いついたことを書いたりします。雑記的な内容だと思います。
時に人を見て、時に自分のことを考えています。人がいるから自分を客観視できるのかもしれません。人対自分。
自分自分と書くと、お前のことなど誰も見ていない、気にもかけていないと言われればそれはその通り。
散歩して歩きながら、信号待ちで、歩道橋を渡るとき、いつも歩きながら考えています。
答えを求めて、求めているからと答えが導かれるわけでもないことも多く、答えを求める行動、思考自体を何度も繰り返し巡っているのではないかと思うほど、どうしようもない、しょうもないことを考えます。きっと、その時々の発露は人から見られると???というようなものでしょう。
写真を挟むと読み手の人も読みやすいでしょうか。もう少し写真を増やしたいと思うのですが面倒でついやめてしまいます。従って見栄えも悪いです。つたないかもしれませんが文章を書くことを優先しています。
見栄え悪く、どんなに読まれないブログでも、自分に言い聞かせるという第一目的があるのかもしれません。自分のため・・・自分と。
よく、誰かのために、誰かのことを思って、、と聞くことがありますが、果たしてそうでしょうか?
誰かのことを思って、よかれと思って・・・。
「自分」が誰かのことを思っているのです。
私は私のために行動している、行動することが、私のためになり、ひいては私にまつわる人々、家族や身内、社会にかかわっているのだと思うのです。
衝撃的な映像と悲しいニュースが巷にあふれかえり、まるで暗黒の不幸ばかりかと錯覚してしまうような情報が当たり前になり、世間ではドラスティックなことばかりに神経をすり減らしていないでしょうか。こんなに世間の不幸ごとを正確な情報とばかり聞かされ、見せられる。
皆さんは本当にこんなに人の不幸を見たいのでしょうか。皆さんは人の不幸ごとを見て自分の抱えているいら立ちを沈めているのでしょうか。
人の幸せを喜べない、むしろ人の不幸ごとを願うような陰湿な精神にむしばまれてはいないでしょうか。
すべては自分の中にあるのではないでしょうか。
通常、ミシンというと、仕組みは上糸で下糸をすくって縫っています。上糸、下糸それぞれの糸調子の強さ加減でバランスを取り、表裏きれいな縫い目になるようにします。上、下どちらか一方の調子が強すぎたり弱すぎたりするとうまく縫えないし、縫い目がきれいにはなりません。
考え方は簡単ですし単純なのですが、ミシンという機械は精密なのです。ちょっとしたことで縫えなくなることもあるのです。少しの埃や、たった1滴のミシン油でも違うことがあります。
糸自体の特性の違いもあるだろうし、上糸と下糸の種類やメーカーが違っても問題が生じることもあります。
縫える生地の厚さ、重なり、生地の性質、生地の織り糸など色んな環境条件すべてにおいてバランスや相性があるようです。
話は戻りますが、考え方は単純です。大体においてバランスも簡単に取れます。しかし、まれにうまくいかない時があるのです。そして、うまくいかないときに思うのが、ミシンのせいだと初めに思うのです。
私も不具合に遭遇すると何度もミシンが悪い、ミシンに原因があるのだと思いました。ミシンが原因に決まっている、このミシンをどうにかしたら解決するはずだ。古いミシンだし、いい加減だめになったのだろう。新品ミシンを買いたいなぁ~。などと、アクシデントが続くときそんな風に考えていた時期もありました。
機械や人のせいにする。機械が壊れている、こんな機械を作った人が悪い。極端ですが、まあこんな風に。
ミシンにしたら迷惑な話なのです。
実は、多くの問題の原因は自分の癖だったりすることや原因の元をたどれば自分のミシンの扱いが原因なのだということも少なくないです。
確かにミシンは精密機械ですからメカニカルな部分で故障することもあります。さすがに基盤故障したりするとどうしようもないでしょうし交換することになります。それほどの故障と違う、調整・整備レベルの問題はまず、自分の扱いの癖やちょっとしたことに問題の原因があるのかと感じるようになりました。
壊れない、故障が少ないミシンがよいとされます。家庭用ミシンは最近はコンピューター制御なのでさらに精密です。自分の癖がそうさせたかどうか、もともとのミシン自体が精密なので余計に原因の特定は難しく複雑化しています。
世間で色んな出来事や問題が複雑化しているのも、ミシンの構造がより複雑化しているのと並行しているようにも思えます。
今使っているメインのミシンは約60年ほど前のものです。当時はコンピューターなんてもちろんないし、機械工学の領域です。直線しか縫うことはできませんが、今でも元気に動いていますし、縫い目も悪くありません。むしろ、よいです。
直線だけを縫うためだけのミシンですから、60年たった今でも現行機のミシンと比較してもおそらくですが直線だけなら見分けがつかないでしょう。つまり、60年ミシンの進化は進んでいない、いや、直線を縫う能力に限っては変わらない。では進化していないかというと、もちろん進化しているのです。ご存じの通り、足ふみではなく電動モーター、針停止位置、自動糸切り、押さえ圧の制御など、コンピューター制御によるものです。これらのほとんどは直線を縫うという機能にはあまり関係していないところの機能であるように思います。
色んな機能が開発され、複雑になり本来の縫うという目的に関する周辺のことについてとても使いやすくなっていったのでしょう。
直線だけなので、複雑な構造ではないことも故障が少ない要因であると思います。ひたすら直線だけを縫うことだけに徹している、そんなヤツなんですね。
時代とともに進化し続けるミシンで色んな楽しみが広がり、そしてアクシデントや故障に遭遇して修理費用と天秤に買い替えるサイクルはどんどん早くなる。メーカーや関連企業の人たちは生き残りに必死なわけです。残念ですが私はそんな方たちからの嫌われ者。
なのかもしれません。
ただ、そんな私でも当時の開発者やブランドにかかわった方にはとても尊敬の念を抱かない日はありません。60年も前のミシンですから80歳以上あたりの方たちでしょう。彼らの様々な労力、犠牲、開発に掛ける情熱、間接的にかかわった方、その家族に・・・そうしたすべての人々から受けた恩恵に、ただただ感謝。
と言ってもミシンの詳細を手取り足取り話す内容ではないです。実用性に乏しい、役に立たない内容かもしれません。
散歩して思いついたことを書いたりします。雑記的な内容だと思います。
時に人を見て、時に自分のことを考えています。人がいるから自分を客観視できるのかもしれません。人対自分。
自分自分と書くと、お前のことなど誰も見ていない、気にもかけていないと言われればそれはその通り。
散歩して歩きながら、信号待ちで、歩道橋を渡るとき、いつも歩きながら考えています。
答えを求めて、求めているからと答えが導かれるわけでもないことも多く、答えを求める行動、思考自体を何度も繰り返し巡っているのではないかと思うほど、どうしようもない、しょうもないことを考えます。きっと、その時々の発露は人から見られると???というようなものでしょう。
写真を挟むと読み手の人も読みやすいでしょうか。もう少し写真を増やしたいと思うのですが面倒でついやめてしまいます。従って見栄えも悪いです。つたないかもしれませんが文章を書くことを優先しています。
見栄え悪く、どんなに読まれないブログでも、自分に言い聞かせるという第一目的があるのかもしれません。自分のため・・・自分と。
よく、誰かのために、誰かのことを思って、、と聞くことがありますが、果たしてそうでしょうか?
誰かのことを思って、よかれと思って・・・。
「自分」が誰かのことを思っているのです。
私は私のために行動している、行動することが、私のためになり、ひいては私にまつわる人々、家族や身内、社会にかかわっているのだと思うのです。
衝撃的な映像と悲しいニュースが巷にあふれかえり、まるで暗黒の不幸ばかりかと錯覚してしまうような情報が当たり前になり、世間ではドラスティックなことばかりに神経をすり減らしていないでしょうか。こんなに世間の不幸ごとを正確な情報とばかり聞かされ、見せられる。
皆さんは本当にこんなに人の不幸を見たいのでしょうか。皆さんは人の不幸ごとを見て自分の抱えているいら立ちを沈めているのでしょうか。
人の幸せを喜べない、むしろ人の不幸ごとを願うような陰湿な精神にむしばまれてはいないでしょうか。
すべては自分の中にあるのではないでしょうか。
通常、ミシンというと、仕組みは上糸で下糸をすくって縫っています。上糸、下糸それぞれの糸調子の強さ加減でバランスを取り、表裏きれいな縫い目になるようにします。上、下どちらか一方の調子が強すぎたり弱すぎたりするとうまく縫えないし、縫い目がきれいにはなりません。
考え方は簡単ですし単純なのですが、ミシンという機械は精密なのです。ちょっとしたことで縫えなくなることもあるのです。少しの埃や、たった1滴のミシン油でも違うことがあります。
糸自体の特性の違いもあるだろうし、上糸と下糸の種類やメーカーが違っても問題が生じることもあります。
縫える生地の厚さ、重なり、生地の性質、生地の織り糸など色んな環境条件すべてにおいてバランスや相性があるようです。
話は戻りますが、考え方は単純です。大体においてバランスも簡単に取れます。しかし、まれにうまくいかない時があるのです。そして、うまくいかないときに思うのが、ミシンのせいだと初めに思うのです。
私も不具合に遭遇すると何度もミシンが悪い、ミシンに原因があるのだと思いました。ミシンが原因に決まっている、このミシンをどうにかしたら解決するはずだ。古いミシンだし、いい加減だめになったのだろう。新品ミシンを買いたいなぁ~。などと、アクシデントが続くときそんな風に考えていた時期もありました。
機械や人のせいにする。機械が壊れている、こんな機械を作った人が悪い。極端ですが、まあこんな風に。
ミシンにしたら迷惑な話なのです。
実は、多くの問題の原因は自分の癖だったりすることや原因の元をたどれば自分のミシンの扱いが原因なのだということも少なくないです。
確かにミシンは精密機械ですからメカニカルな部分で故障することもあります。さすがに基盤故障したりするとどうしようもないでしょうし交換することになります。それほどの故障と違う、調整・整備レベルの問題はまず、自分の扱いの癖やちょっとしたことに問題の原因があるのかと感じるようになりました。
壊れない、故障が少ないミシンがよいとされます。家庭用ミシンは最近はコンピューター制御なのでさらに精密です。自分の癖がそうさせたかどうか、もともとのミシン自体が精密なので余計に原因の特定は難しく複雑化しています。
世間で色んな出来事や問題が複雑化しているのも、ミシンの構造がより複雑化しているのと並行しているようにも思えます。
今使っているメインのミシンは約60年ほど前のものです。当時はコンピューターなんてもちろんないし、機械工学の領域です。直線しか縫うことはできませんが、今でも元気に動いていますし、縫い目も悪くありません。むしろ、よいです。
直線だけを縫うためだけのミシンですから、60年たった今でも現行機のミシンと比較してもおそらくですが直線だけなら見分けがつかないでしょう。つまり、60年ミシンの進化は進んでいない、いや、直線を縫う能力に限っては変わらない。では進化していないかというと、もちろん進化しているのです。ご存じの通り、足ふみではなく電動モーター、針停止位置、自動糸切り、押さえ圧の制御など、コンピューター制御によるものです。これらのほとんどは直線を縫うという機能にはあまり関係していないところの機能であるように思います。
色んな機能が開発され、複雑になり本来の縫うという目的に関する周辺のことについてとても使いやすくなっていったのでしょう。
直線だけなので、複雑な構造ではないことも故障が少ない要因であると思います。ひたすら直線だけを縫うことだけに徹している、そんなヤツなんですね。
時代とともに進化し続けるミシンで色んな楽しみが広がり、そしてアクシデントや故障に遭遇して修理費用と天秤に買い替えるサイクルはどんどん早くなる。メーカーや関連企業の人たちは生き残りに必死なわけです。残念ですが私はそんな方たちからの嫌われ者。
なのかもしれません。
ただ、そんな私でも当時の開発者やブランドにかかわった方にはとても尊敬の念を抱かない日はありません。60年も前のミシンですから80歳以上あたりの方たちでしょう。彼らの様々な労力、犠牲、開発に掛ける情熱、間接的にかかわった方、その家族に・・・そうしたすべての人々から受けた恩恵に、ただただ感謝。
2019年12月4日水曜日
大人のいじめ 自分の胸に手を当てて 神戸の先生
神戸のいじめ先生のニュース、大人のいじめを考える。
いじめ自体、大人子供関係なく存在している。
いじめ…と検索したら子供についてのものだったりすることが多く、大人のいじめが少ないと錯覚しそうになった。しかし大人にこそいじめの連鎖原因を解決できない根深い闇がある。子どもはそんな大人の姿を見ている。
いじめられる側にも問題がある、という論調の意見があるがいじめる側の自衛でしかない。いじめる方が悪いに決まっている。特にいじめているという認識の欠如は人格的に当人の何らかの障害や本人自身の心の問題があるのだろう。
世間の風潮はいじめは悪とされながら身近に起こっているいじめがいじめだと認識出来ないのか、知らん顔するのもいじめていることと道義的におなじだ。
つまり、はたで見てた先生方もおなじである。まさか、こんなに騒ぎになって、初めて気づいたというならますます悪である。教える師が、模範となるはずの行動とは真逆の結果を導いたことはとても残念な現実であった。こんな現実は知らずにいたかったが、テレビの視聴率が取れるし、ゴシップ雑誌も売れるし、評論家先生も仕事が増える。世間は格好のネタを見つけ、しばらくの間は騒がしいだろう。
聖職者の罪はいつだって存在している。今回の神戸の先生たちだけではないが、見せしめにはなったろうし、抑止力としては一定の効果はあるだろう。いじめられている諸君に告ぐ。少しだけ今よりも明るい未来があるのだということを。
中学生の時、同級生の女の子がいじめられていた。男子生徒が少しずつ騒ぎ立てた。
女子生徒は生まれつき体臭が強い子で、思春期になりさらに体臭が増したのかもしれない。大人の香りが漂っていた。俺は特段臭いなどと思うことはないのだが、他の男子生徒が「臭い」と言い出す。つられたのかほかの男子生徒もひそひそ声で悪口を言い出すヤツが出始める。
そんな残念な状況が続いて、俺は見て見ぬふりをした。優しく声をかけることもできなかったが臭いなどということは言わなかった。ただ、傍観者としていじめられている女子生徒を守ることすらできないで今思うと、結果的にはいじめていた男子生徒の片棒を担ぐような態度だといわれても仕方がないことだった。俺は、毅然と男子生徒に注意するべきだった。
ある日、女の子は担任から促されクラス全員いる教室の前で自分のことを話し始めた。
体臭は自分のせいじゃない。
臭いと思うかもしれないが、いじめないでほしい。
正直に話すととてもしんどい。家で家族に相談したし今でも悩んでいる。
そう、みんなの前で打ち明けた。
話し終え、しばらく静まり返った。
そのあと担任が何かを言ったかどうかは記憶にないが、彼女の思いを打ち明けたあの時の気持ちは今でも忘れない。どんなにつらかったろう。
読書が好きで、本の話をしたことがあった。すでに到底及ばないほどの読書家だった。知性ある女の子できらりと光る魅力があった。
中学生のころ、到底女子と気軽に話すこともほとんどなかったが、今更ながら話をする機会もないし何も力になれなかったという残念な自分。
女の子は神戸の先生と同じ、だれも助けてくれないと絶望したかもしれない。俺は助けることが出来なかった。
今更ではあるがせめて、自分の罪を発表し、今後これを読んでくれた善意ある、心意気ある青少年、社会人、全世代の人々に言いたいのだ。いじめるな。傍観するな。
もし、今現在いじめられているのなら、決してあなたは悪くない。毅然とした態度で間違いない。傍観していた俺のようなヤツがもしかすると味方になってくれるかもしれない。わかってくれる人は必ず存在する。
いじめる側の心理はいろいろあるが、自分自身の弱さから人を攻撃するというのが基本だからいじめる側は既に破綻しているのだ。
いじめられる側にも何らかの非があるという意見の人、自分の胸に手を当てて考えてからものを言え。
俺は、今更遅いかもしれないがあの時に助けることが出来なかった女の子に今でもわびたい。どうすればいいのだろうかと時折思い出す。
・・・・
もっともらしい、正義を振りかざした内容だったつもりが、自分自身が断罪されるのだという事実を発表したかったのかもしれない。
生きながら、誰かを殺し、傷つけ、自分は素知らぬ顔の毎日。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
世間の風潮はいじめは悪とされながら身近に起こっているいじめがいじめだと認識出来ないのか、知らん顔するのもいじめていることと道義的におなじだ。
つまり、はたで見てた先生方もおなじである。まさか、こんなに騒ぎになって、初めて気づいたというならますます悪である。教える師が、模範となるはずの行動とは真逆の結果を導いたことはとても残念な現実であった。こんな現実は知らずにいたかったが、テレビの視聴率が取れるし、ゴシップ雑誌も売れるし、評論家先生も仕事が増える。世間は格好のネタを見つけ、しばらくの間は騒がしいだろう。
聖職者の罪はいつだって存在している。今回の神戸の先生たちだけではないが、見せしめにはなったろうし、抑止力としては一定の効果はあるだろう。いじめられている諸君に告ぐ。少しだけ今よりも明るい未来があるのだということを。
中学生の時、同級生の女の子がいじめられていた。男子生徒が少しずつ騒ぎ立てた。
女子生徒は生まれつき体臭が強い子で、思春期になりさらに体臭が増したのかもしれない。大人の香りが漂っていた。俺は特段臭いなどと思うことはないのだが、他の男子生徒が「臭い」と言い出す。つられたのかほかの男子生徒もひそひそ声で悪口を言い出すヤツが出始める。
そんな残念な状況が続いて、俺は見て見ぬふりをした。優しく声をかけることもできなかったが臭いなどということは言わなかった。ただ、傍観者としていじめられている女子生徒を守ることすらできないで今思うと、結果的にはいじめていた男子生徒の片棒を担ぐような態度だといわれても仕方がないことだった。俺は、毅然と男子生徒に注意するべきだった。
ある日、女の子は担任から促されクラス全員いる教室の前で自分のことを話し始めた。
体臭は自分のせいじゃない。
臭いと思うかもしれないが、いじめないでほしい。
正直に話すととてもしんどい。家で家族に相談したし今でも悩んでいる。
そう、みんなの前で打ち明けた。
話し終え、しばらく静まり返った。
そのあと担任が何かを言ったかどうかは記憶にないが、彼女の思いを打ち明けたあの時の気持ちは今でも忘れない。どんなにつらかったろう。
読書が好きで、本の話をしたことがあった。すでに到底及ばないほどの読書家だった。知性ある女の子できらりと光る魅力があった。
中学生のころ、到底女子と気軽に話すこともほとんどなかったが、今更ながら話をする機会もないし何も力になれなかったという残念な自分。
女の子は神戸の先生と同じ、だれも助けてくれないと絶望したかもしれない。俺は助けることが出来なかった。
今更ではあるがせめて、自分の罪を発表し、今後これを読んでくれた善意ある、心意気ある青少年、社会人、全世代の人々に言いたいのだ。いじめるな。傍観するな。
もし、今現在いじめられているのなら、決してあなたは悪くない。毅然とした態度で間違いない。傍観していた俺のようなヤツがもしかすると味方になってくれるかもしれない。わかってくれる人は必ず存在する。
いじめる側の心理はいろいろあるが、自分自身の弱さから人を攻撃するというのが基本だからいじめる側は既に破綻しているのだ。
いじめられる側にも何らかの非があるという意見の人、自分の胸に手を当てて考えてからものを言え。
俺は、今更遅いかもしれないがあの時に助けることが出来なかった女の子に今でもわびたい。どうすればいいのだろうかと時折思い出す。
・・・・
もっともらしい、正義を振りかざした内容だったつもりが、自分自身が断罪されるのだという事実を発表したかったのかもしれない。
生きながら、誰かを殺し、傷つけ、自分は素知らぬ顔の毎日。
最後まで読んでくれてありがとう。
おわり
2019年12月3日火曜日
Gジャン 1Stモデル制作 失敗と高付加価値と平日画家
ジージャン1stモデルのための試作2号機だ。
試作初号機の失敗を省みて胸囲、袖の開き、全体のバランスを考えて各所をサイズUPした型紙を作った。これを再びシーチング生地に写して2号機の制作に入った。小さな失敗はいつもながらにあったが、すばらしい修正力を持ってして試作2号機の完成を見た。
何が完成か、成功したかどうかについては俺自身の内的な問題である。
今回のGジャン制作にあたって、自己流のミシン縫製による個人的創作現場の独白だろうと思ってくれ。
失敗箇所は写真で見ての通り。(見たところで写真が小さいのでよくわからない)
完成を目指してこれまでやったことない「試作」という工程を取り入れた。いままでジーパンはぶっつけ本番で作っていたので出来上がると丁度良いいサイズが、洗うと縮むので予想外に縮んだのには面食らったこともある。そんなことも考えず、ご機嫌さんでせっせと作ってみてはいて洗って縮んでしまう。
当たり前といえばそうなのだが、生地の個体差もあるしそもそも防縮加工などしていないだろうし、いわゆる生デニムなので縮むは当たり前なのだ。
縮みを調べるためのテストをするほど生地の余分がない。余分に買えばいいのだが余分の生地代をついケチってしまう。根本的な問題であり、職業ではない創作の世界と言えば聞こえはいいがただのケチなのだ。いや、ここは始末していると言い換えておこう。
試作なのでカフス、ベルト布は縫わない。ボタン、ボタンホールも作らない。あくまでも全体のバランスとサイズ感を知るためだ。一部ステッチと袖の開きの仕様を確認する必要があったので試作しながらテストしたりもした。
袖を通してみた。
おおおおっ、サイズ感はいい。この補正したパターンでおおむね本制作にとりかかっていいだろう。
ただ出来上がった2号機を見て、反省点として抽出した課題が以下の通り。
①折り伏せ縫いの重なりの厚みが難しい。特に袖付けのカーブなどが多い部分。
②今回もいくつかの箇所でセルビッジ(耳)を使う。そこには折り返ししない。
③後ろ見ごろの切り替え部について、いわゆる1Stモデルは一枚布で仕上がっている写真をいくつか見たが、今回使用するパターンは1Stモデルと言いつつ、切り替えされている。パターン屋さんのオリジナル1stモデルといったところだろう。本作はもう少しビンテージ1Stモデルに寄せるよう一枚布仕様にするべきか思案中。
④市販パターンをサイズUPしたことによるポケット位置の適正配置が必要である。
⑤後ろ見ごろのプリーツ(ダーツというのか)部分の仕様ももう少し何とかしたい。
プラスアルファ、ほかにも挙げる事柄はあるが、仕上がり発表を予定しているのでその時に書こうと思う。
セルビッジにも色んな色があるようだ。今回予定している生地。
今回掲載した写真は最近買ったスマホのカメラ、ファーウェイP30liteで撮影した。広角レンズ、画角がワイドなのがいいと思う。
中華スマホだが、高性能で文句なしのスマホだ。なんでも中華製を品質の低い代名詞になっていた時代だったことを思うと、もう時代はとっくに中華製万歳の状態で、世界基準の目で見ると日本産を謳う営業スタイルはぼやぼやしているうちに笑われてしまっているのではないだろうか。
高性能、高機能、高価格帯の良い製品だけがちやほやされるのではなく、ほどほどの性能や機能でも安くて買いやすい、ハードルの低いものが世界的には評価されている一面がある。
日本製、Made in JAPANなどとアピールしているが冷ややかに見ている購買層もいるかもしれない。価格が高い=自分にとって必要な品質、機能ではなく、低価格=必要最小限の機能で満足という懐にやさしい考え方を抱くひともいるのかもしれない。
高性能や高機能を否定するつもりはないが、だれもがすべてそんなものを必要とする世界もおかしいと気付くべきで、極論かもしれないが世界の富の半分は観光バス1台か2台程度の乗客数が占めているという。残りの富、半分を世界の人々でわけわけしている。この現実を考えたとき、果たして富を独占することほど残念なことはないのではないかと思うが、独占した側の立場にも気持ちにも近づくことがないので想像でしかない。
いままで色んな人の死に目には立ち会う機会があった。思うところ誰しも金を抱きかかえて死んでいく者はなかった。さすがに観光バスに乗った人の最後は知らない。見ていない。どうすんだろうか。
彼ら、富を持つ者たちは高性能、高機能だらけの余生を暮らしているのだろうか。
俺はGジャンを作る。いろんな過程で失敗するしその分のコストや手間もかかる。うまくできる保証はない。(誰に保証するわけでもないが)素人という言い訳で遊んでいる。遊び・素人と言いながら程よく素人ではないという自負もどこかにあり、素人ではないけれどプロでもない。独自の「作品」を作っている。いわゆる「商品」ではない。この違いは明らかに別物だ。
「日曜画家」と半ば揶揄される表現もあるが、例に倣い差し詰め「日曜何ちゃら」だろうか。職業画家が日曜画家より優れた能力があるのかはさておき、覚悟を持っているかどうかの微妙な違いを感じるこという事実は否定できない。
生計が関与する職業画家の方がどことなく媚びている。だからだめだということでなく、生きるための知恵を持ち合わせた処世術を高めているのだと思う。この点において、素人とは違う、所以があるのだろうと思う。平日画家とでも言おうか。
趣味とは違う、ホビーというのに近いのかも知れない。
おわり
試作初号機の失敗を省みて胸囲、袖の開き、全体のバランスを考えて各所をサイズUPした型紙を作った。これを再びシーチング生地に写して2号機の制作に入った。小さな失敗はいつもながらにあったが、すばらしい修正力を持ってして試作2号機の完成を見た。
何が完成か、成功したかどうかについては俺自身の内的な問題である。
今回のGジャン制作にあたって、自己流のミシン縫製による個人的創作現場の独白だろうと思ってくれ。
失敗箇所は写真で見ての通り。(見たところで写真が小さいのでよくわからない)
完成を目指してこれまでやったことない「試作」という工程を取り入れた。いままでジーパンはぶっつけ本番で作っていたので出来上がると丁度良いいサイズが、洗うと縮むので予想外に縮んだのには面食らったこともある。そんなことも考えず、ご機嫌さんでせっせと作ってみてはいて洗って縮んでしまう。
当たり前といえばそうなのだが、生地の個体差もあるしそもそも防縮加工などしていないだろうし、いわゆる生デニムなので縮むは当たり前なのだ。
縮みを調べるためのテストをするほど生地の余分がない。余分に買えばいいのだが余分の生地代をついケチってしまう。根本的な問題であり、職業ではない創作の世界と言えば聞こえはいいがただのケチなのだ。いや、ここは始末していると言い換えておこう。
試作なのでカフス、ベルト布は縫わない。ボタン、ボタンホールも作らない。あくまでも全体のバランスとサイズ感を知るためだ。一部ステッチと袖の開きの仕様を確認する必要があったので試作しながらテストしたりもした。
袖を通してみた。
おおおおっ、サイズ感はいい。この補正したパターンでおおむね本制作にとりかかっていいだろう。
ただ出来上がった2号機を見て、反省点として抽出した課題が以下の通り。
①折り伏せ縫いの重なりの厚みが難しい。特に袖付けのカーブなどが多い部分。
②今回もいくつかの箇所でセルビッジ(耳)を使う。そこには折り返ししない。
③後ろ見ごろの切り替え部について、いわゆる1Stモデルは一枚布で仕上がっている写真をいくつか見たが、今回使用するパターンは1Stモデルと言いつつ、切り替えされている。パターン屋さんのオリジナル1stモデルといったところだろう。本作はもう少しビンテージ1Stモデルに寄せるよう一枚布仕様にするべきか思案中。
④市販パターンをサイズUPしたことによるポケット位置の適正配置が必要である。
⑤後ろ見ごろのプリーツ(ダーツというのか)部分の仕様ももう少し何とかしたい。
プラスアルファ、ほかにも挙げる事柄はあるが、仕上がり発表を予定しているのでその時に書こうと思う。
セルビッジにも色んな色があるようだ。今回予定している生地。
今回掲載した写真は最近買ったスマホのカメラ、ファーウェイP30liteで撮影した。広角レンズ、画角がワイドなのがいいと思う。
中華スマホだが、高性能で文句なしのスマホだ。なんでも中華製を品質の低い代名詞になっていた時代だったことを思うと、もう時代はとっくに中華製万歳の状態で、世界基準の目で見ると日本産を謳う営業スタイルはぼやぼやしているうちに笑われてしまっているのではないだろうか。
高性能、高機能、高価格帯の良い製品だけがちやほやされるのではなく、ほどほどの性能や機能でも安くて買いやすい、ハードルの低いものが世界的には評価されている一面がある。
日本製、Made in JAPANなどとアピールしているが冷ややかに見ている購買層もいるかもしれない。価格が高い=自分にとって必要な品質、機能ではなく、低価格=必要最小限の機能で満足という懐にやさしい考え方を抱くひともいるのかもしれない。
高性能や高機能を否定するつもりはないが、だれもがすべてそんなものを必要とする世界もおかしいと気付くべきで、極論かもしれないが世界の富の半分は観光バス1台か2台程度の乗客数が占めているという。残りの富、半分を世界の人々でわけわけしている。この現実を考えたとき、果たして富を独占することほど残念なことはないのではないかと思うが、独占した側の立場にも気持ちにも近づくことがないので想像でしかない。
いままで色んな人の死に目には立ち会う機会があった。思うところ誰しも金を抱きかかえて死んでいく者はなかった。さすがに観光バスに乗った人の最後は知らない。見ていない。どうすんだろうか。
彼ら、富を持つ者たちは高性能、高機能だらけの余生を暮らしているのだろうか。
俺はGジャンを作る。いろんな過程で失敗するしその分のコストや手間もかかる。うまくできる保証はない。(誰に保証するわけでもないが)素人という言い訳で遊んでいる。遊び・素人と言いながら程よく素人ではないという自負もどこかにあり、素人ではないけれどプロでもない。独自の「作品」を作っている。いわゆる「商品」ではない。この違いは明らかに別物だ。
「日曜画家」と半ば揶揄される表現もあるが、例に倣い差し詰め「日曜何ちゃら」だろうか。職業画家が日曜画家より優れた能力があるのかはさておき、覚悟を持っているかどうかの微妙な違いを感じるこという事実は否定できない。
生計が関与する職業画家の方がどことなく媚びている。だからだめだということでなく、生きるための知恵を持ち合わせた処世術を高めているのだと思う。この点において、素人とは違う、所以があるのだろうと思う。平日画家とでも言おうか。
趣味とは違う、ホビーというのに近いのかも知れない。
おわり
2019年11月24日日曜日
思いのほか失敗 Gジャン1stモデル
Gジャン作りのための試作をシーチング生地で作ってみた。
今回は初めて市販のパターンで挑戦しようと思っている。
今までは図書館で借りたメンズソーイングの付録パターンを活用していた。
デニムパンツ、パジャマ、ステテコ、シャツ、トランクスなど、一通りとまではいかないけれど、まあまあ作った。
市販の本を重点的に活用していたが、市販本についてはメンズパターンという世界は狭い。出版されている冊数というか、著作は少なく、選ぶことを許されない。まるで社会主義国を彷彿とさせる。メンズパターンの著作の世界はそんなニッチな世界でもある。それだけ熱烈なミシン男は全国で十人足らずである。世界レベルでおそらく200人くらいだろう。世界の社会主義国のミシン男を全部数えても5人も満たないだろう。200人とは多くが民主国家の経済資本主義の金欲にまみれた人々のDIYだ。
シーチングで試作を作った。
サイズを確認したい。出来上がりサイズは2Lなのだが、袖を通してみると窮屈だということがわかった。本番の生地を使っていきなり作らないで正解だった。試作段階なので失敗することで、よりよい完成に仕上がることが期待できる。
失敗は成功の元というし、失敗を笑うのはよくない。失敗こそ人生の醍醐味である。
腕の周りがきつい。
胸囲もきつい。
肩幅はぴったり。
丈もよい。
カフスもぴったりだろう。袖の開き具合はやや窮屈だ。
全体的に、細見のパターンだと知って買ったのだが、デニムを洗うと縮むので細見から極細になりおれの体形には無理がある。縮まなければ着れなくもないが、必ず少し縮むから見越してゆとりある仕上がりになるよう調整が必要だとわかった。
ここからはパターン補正になる。
図書館で借りた本のパターンもやはり補正をしないと自分のサイズには合わない。これは売り物のパターンでも同様。売り物だからサイズが合うなどありえない。標準体型を基本に作られたものだから、当然なのだ。
体形に合った服を着るということは仕立て屋さんに行くなりして自分のオーダーメイドを作るのが本当の意味で理想なのだと思うが、そんな世界はテーラーさんが大流行、既製品という概念が覆るということになるので市場原理からしても難しい問題だろう。
補正は自分でCADを使えるなら簡単なのかもしれないがアナログで手直しだ。
最初、試作段階では雑に作ったので生地の表裏を間違えたり、手順がわからなかったり、色んな間違いに気づいた。袖を通せるようにまでこぎつけたが、袖を通してみるとサイズ感がわかった。微調整で軌道修正ができるようだと感じたので改めて補正したパターンを作り、厚紙に写してカットした。
補正したパターンで再び試作する。シーチングは1メートルあたり100円程度と安い(日本の物価水準で考えるという条件付き)。W幅(150くらい)なので遠慮なくじゃぶじゃぶ使える。失敗しても知れている。試作1号機はおよそ3メートル程使ったかどうかというくらいなので、300円で完成イメージをつかめるのと、練習もかねてミシンを動かし、遊べるわけだ。今時、喫茶店でコーヒーも300ではなかなか飲めない。300円で2日間かけて試作したので十分元は取れただろうか。
問題は、2日間自宅軟禁状態なので運動不足に陥る。散歩でもしなければどうしようもない。
1stモデルとは何ぞ、と検索すると出る出る。
(今回試して購入したパターン Full Of Patternsより)
うんちくはさておき、自分は今回のGジャンでどんな仕様に仕上げるのか、検索で見つけた色んな情報を元に試行錯誤である。
尾錠の針、針なし、形状、ポケットフラップ、ダーツ押さえのためのステッチ、その位置、ボタン、糸の違いや染、生地自体のことなどさらに追及できるのだろう。きりがない。
前に作ったオーバーオールはアイアンハートの写真を中心にデザインを真似た。真似から自分のものにすることを批判する人もいるかもしれないが、俺は商売ではないのだから何をコピーしたり真似したりするのは完全無欠の自由なのだ。むしろ、パターンに著作要素はあるのだろうか。パターンに記載された文章なら著作ととらえることはできるのだろうか。
補足すると、アイアンハートの写真を見て参考の一つにはしたがほかのブランドのディテールも市場調査したり、違うジーンズ製品の仕様を参考にしたり、あらゆる分野のアパレルを様々な角度から見聞きし、経験した総合的な見地から俺のオーバーオールは完成に至った。
問題は、あまりにもアイアンハートのオーバーオールに寄せた仕上がりになったので、もしもアイアンハートのデザイナーさんが散歩する俺を見たとき、、よく見るとこのおっさんの着ている服、えらいアイアンハートのオーバーオールもどきのデザインだなぁ・・・と、思わなくもないかもしれない。かもしれない・・・である。
ないとは思うが、もしそんな場面があったら断っておく。一声かけてくれたまえ。
著作について、もう一つ。
散歩していると時々見かけるが、店の看板にドラえもんとかミッキーマウスとか、鉄腕アトムとかキャラクターの絵を描いたのを見かけたりするが、どうも許可を取ってないのじゃないかと思えるような看板を見かける。あれはアウトだろうと思うが、いちいち訴訟を起こす手間を考えて訴訟しないということを逆手にとって悪用しているとしか思えない。やっちゃった感満載だ。度胸がある。
料理レシピも同様、レシピ自体に著作はないと聞く。
俺のオムレツは卵3個、塩、油を使う。これは著作ではない。誰でも大体同じである。
なかには牛乳30cc入れる人、油はオリーブオイル、胡椒も入れるなど色んなレシピやアレンジはあるし自由に誰でもオムレツを作る。そのレシピを使って作ったオムレツを誰が真似しやがって!と批判するやつがいるだろうか?
真似やコピーは社会規範があるので時代に即した立ち回りが求められるということに尽きる。
おわり
今回は初めて市販のパターンで挑戦しようと思っている。
今までは図書館で借りたメンズソーイングの付録パターンを活用していた。
デニムパンツ、パジャマ、ステテコ、シャツ、トランクスなど、一通りとまではいかないけれど、まあまあ作った。
市販の本を重点的に活用していたが、市販本についてはメンズパターンという世界は狭い。出版されている冊数というか、著作は少なく、選ぶことを許されない。まるで社会主義国を彷彿とさせる。メンズパターンの著作の世界はそんなニッチな世界でもある。それだけ熱烈なミシン男は全国で十人足らずである。世界レベルでおそらく200人くらいだろう。世界の社会主義国のミシン男を全部数えても5人も満たないだろう。200人とは多くが民主国家の経済資本主義の金欲にまみれた人々のDIYだ。
シーチングで試作を作った。
サイズを確認したい。出来上がりサイズは2Lなのだが、袖を通してみると窮屈だということがわかった。本番の生地を使っていきなり作らないで正解だった。試作段階なので失敗することで、よりよい完成に仕上がることが期待できる。
失敗は成功の元というし、失敗を笑うのはよくない。失敗こそ人生の醍醐味である。
腕の周りがきつい。
胸囲もきつい。
肩幅はぴったり。
丈もよい。
カフスもぴったりだろう。袖の開き具合はやや窮屈だ。
全体的に、細見のパターンだと知って買ったのだが、デニムを洗うと縮むので細見から極細になりおれの体形には無理がある。縮まなければ着れなくもないが、必ず少し縮むから見越してゆとりある仕上がりになるよう調整が必要だとわかった。
ここからはパターン補正になる。
図書館で借りた本のパターンもやはり補正をしないと自分のサイズには合わない。これは売り物のパターンでも同様。売り物だからサイズが合うなどありえない。標準体型を基本に作られたものだから、当然なのだ。
体形に合った服を着るということは仕立て屋さんに行くなりして自分のオーダーメイドを作るのが本当の意味で理想なのだと思うが、そんな世界はテーラーさんが大流行、既製品という概念が覆るということになるので市場原理からしても難しい問題だろう。
補正は自分でCADを使えるなら簡単なのかもしれないがアナログで手直しだ。
最初、試作段階では雑に作ったので生地の表裏を間違えたり、手順がわからなかったり、色んな間違いに気づいた。袖を通せるようにまでこぎつけたが、袖を通してみるとサイズ感がわかった。微調整で軌道修正ができるようだと感じたので改めて補正したパターンを作り、厚紙に写してカットした。
補正したパターンで再び試作する。シーチングは1メートルあたり100円程度と安い(日本の物価水準で考えるという条件付き)。W幅(150くらい)なので遠慮なくじゃぶじゃぶ使える。失敗しても知れている。試作1号機はおよそ3メートル程使ったかどうかというくらいなので、300円で完成イメージをつかめるのと、練習もかねてミシンを動かし、遊べるわけだ。今時、喫茶店でコーヒーも300ではなかなか飲めない。300円で2日間かけて試作したので十分元は取れただろうか。
問題は、2日間自宅軟禁状態なので運動不足に陥る。散歩でもしなければどうしようもない。
1stモデルとは何ぞ、と検索すると出る出る。
(今回試して購入したパターン Full Of Patternsより)
うんちくはさておき、自分は今回のGジャンでどんな仕様に仕上げるのか、検索で見つけた色んな情報を元に試行錯誤である。
尾錠の針、針なし、形状、ポケットフラップ、ダーツ押さえのためのステッチ、その位置、ボタン、糸の違いや染、生地自体のことなどさらに追及できるのだろう。きりがない。
前に作ったオーバーオールはアイアンハートの写真を中心にデザインを真似た。真似から自分のものにすることを批判する人もいるかもしれないが、俺は商売ではないのだから何をコピーしたり真似したりするのは完全無欠の自由なのだ。むしろ、パターンに著作要素はあるのだろうか。パターンに記載された文章なら著作ととらえることはできるのだろうか。
補足すると、アイアンハートの写真を見て参考の一つにはしたがほかのブランドのディテールも市場調査したり、違うジーンズ製品の仕様を参考にしたり、あらゆる分野のアパレルを様々な角度から見聞きし、経験した総合的な見地から俺のオーバーオールは完成に至った。
問題は、あまりにもアイアンハートのオーバーオールに寄せた仕上がりになったので、もしもアイアンハートのデザイナーさんが散歩する俺を見たとき、、よく見るとこのおっさんの着ている服、えらいアイアンハートのオーバーオールもどきのデザインだなぁ・・・と、思わなくもないかもしれない。かもしれない・・・である。
ないとは思うが、もしそんな場面があったら断っておく。一声かけてくれたまえ。
著作について、もう一つ。
散歩していると時々見かけるが、店の看板にドラえもんとかミッキーマウスとか、鉄腕アトムとかキャラクターの絵を描いたのを見かけたりするが、どうも許可を取ってないのじゃないかと思えるような看板を見かける。あれはアウトだろうと思うが、いちいち訴訟を起こす手間を考えて訴訟しないということを逆手にとって悪用しているとしか思えない。やっちゃった感満載だ。度胸がある。
料理レシピも同様、レシピ自体に著作はないと聞く。
俺のオムレツは卵3個、塩、油を使う。これは著作ではない。誰でも大体同じである。
なかには牛乳30cc入れる人、油はオリーブオイル、胡椒も入れるなど色んなレシピやアレンジはあるし自由に誰でもオムレツを作る。そのレシピを使って作ったオムレツを誰が真似しやがって!と批判するやつがいるだろうか?
真似やコピーは社会規範があるので時代に即した立ち回りが求められるということに尽きる。
おわり
2019年11月21日木曜日
ファーウェイ P30liteの印象 尻割れズボン 冬支度のための考察
HUAWEI P30liteの印象は悪くない。結論は、中華スマホ万歳である。
比較するほどの経験がないので具体的な基準はないが、、俺は使ってみて不便で使えないということはない。むしろ上物だと思う。中級機という位置づけらしいと何かで見聞きしたが、上を見てはきりがない。
OCNモバイルONEの料金プランの一番安いヤツ、音声通話付きのSim、一日110メガで十分使えている。
最初、110メガと聞いて、大丈夫かと思ったのだが、全然問題ない。10ギガ、20ギガ、30ギカなど容量の多いプランもあるが、それほどのヘビーユーザーではないと実感した。しかし、不足があれば月単位でプランを変更できるようだし、110メガを超過しても翌日には再び110メガを使える。しかも残った分は翌日までに限り繰り越せるようだ。
キャリアと呼ばれている会社の場合、月々の支払は1万近くするようだし、それに比べると1600円+Tax、通信使用量に応じた料金だけなので親切会計だ。
もちろん、いろんな格安スマホ、会社があって選択肢や組み合わせ次第でより豊かなスマホライフを満喫できるようである。
しかしながら、つい画面に夢中になりうつむいてしまう姿勢はいけない。周りが見えなくなるので危険極まりない。路上などではマジで車にひき殺されそうになる。
いい面、そうとは言えない面があるので今後の使い方もどうなるのかわからないが、それまでのガラケーに比べると別人、別物だということだけはわかった。知らずに済めばそれはそれでよかったのだが・・・そのうち5Gが当たり前の季節だろう。残念なのは国内メーカーの元気のなさが気になる。もう、スマホ業界は他国メーカーに完全に置いてけぼりのようだ。
決定的な問題は、PCのキーボードのようなピッチでの操作と違ってスマホの小さな画面上をタップする感覚、操作感はどうしようもなく、おもちゃ感をぬぐい切れない宿命だろう。
30年前の中国は、子供なんかは尻割れズボンをはかされ、催したらそこら中の道端で・・・多分、あのころ見た子供世代が今の中華スマホの世界を席巻している主流のエンジニアなのかと思うと、感慨深いものがある。このようなことを世間に発表してわからない人も多いだろうが。
真冬の寒い時期でも父さんは息子に尻割れズボンを穿かせ、肩車して街を歩いている後ろ姿が俺の中国の印象の一つとして焼き付いている。
しばらくぶりで休暇中のミシンを引っ張り出し、注油と簡単な動作確認、整備をして再び休んでもらう。現在、Gジャンを制作予定で型紙を買った。一度シーチングで試作してから本作に入ろうと意気込んでいる。サイズ感を確かめたいのと、作ったことのないGジャンをどんなふうに俺仕様に手を加えるかをシュミレーションしたい。
一つのGジャンで試作、本縫いと二度遊べる。
今のところ、計画は以下の通り。
セルビッジデニム、12.5ozくらいの岡山産生地。
いわゆる1Stモデルを踏襲しつつ、ポケット、革パッチなどに独創性を込めたい。
主張しすぎない、控えめなデザイン。むしろ地味と言えるかもしれないが、1Stモデルと言われている表情は大きく変えたくない。
試作ではサイズ、ポケットデザインやその位置決め、袖の空き具合(袖まくりしたときの窮屈さがないように仕上げたい)、欲張って内ポケットやネーム刺しゅうも計画に含めるかどうかをグダグダ迷っている。
寒い冬が近づいてきた。急がねば。
比較するほどの経験がないので具体的な基準はないが、、俺は使ってみて不便で使えないということはない。むしろ上物だと思う。中級機という位置づけらしいと何かで見聞きしたが、上を見てはきりがない。
OCNモバイルONEの料金プランの一番安いヤツ、音声通話付きのSim、一日110メガで十分使えている。
最初、110メガと聞いて、大丈夫かと思ったのだが、全然問題ない。10ギガ、20ギガ、30ギカなど容量の多いプランもあるが、それほどのヘビーユーザーではないと実感した。しかし、不足があれば月単位でプランを変更できるようだし、110メガを超過しても翌日には再び110メガを使える。しかも残った分は翌日までに限り繰り越せるようだ。
キャリアと呼ばれている会社の場合、月々の支払は1万近くするようだし、それに比べると1600円+Tax、通信使用量に応じた料金だけなので親切会計だ。
もちろん、いろんな格安スマホ、会社があって選択肢や組み合わせ次第でより豊かなスマホライフを満喫できるようである。
しかしながら、つい画面に夢中になりうつむいてしまう姿勢はいけない。周りが見えなくなるので危険極まりない。路上などではマジで車にひき殺されそうになる。
いい面、そうとは言えない面があるので今後の使い方もどうなるのかわからないが、それまでのガラケーに比べると別人、別物だということだけはわかった。知らずに済めばそれはそれでよかったのだが・・・そのうち5Gが当たり前の季節だろう。残念なのは国内メーカーの元気のなさが気になる。もう、スマホ業界は他国メーカーに完全に置いてけぼりのようだ。
決定的な問題は、PCのキーボードのようなピッチでの操作と違ってスマホの小さな画面上をタップする感覚、操作感はどうしようもなく、おもちゃ感をぬぐい切れない宿命だろう。
30年前の中国は、子供なんかは尻割れズボンをはかされ、催したらそこら中の道端で・・・多分、あのころ見た子供世代が今の中華スマホの世界を席巻している主流のエンジニアなのかと思うと、感慨深いものがある。このようなことを世間に発表してわからない人も多いだろうが。
真冬の寒い時期でも父さんは息子に尻割れズボンを穿かせ、肩車して街を歩いている後ろ姿が俺の中国の印象の一つとして焼き付いている。
しばらくぶりで休暇中のミシンを引っ張り出し、注油と簡単な動作確認、整備をして再び休んでもらう。現在、Gジャンを制作予定で型紙を買った。一度シーチングで試作してから本作に入ろうと意気込んでいる。サイズ感を確かめたいのと、作ったことのないGジャンをどんなふうに俺仕様に手を加えるかをシュミレーションしたい。
一つのGジャンで試作、本縫いと二度遊べる。
今のところ、計画は以下の通り。
セルビッジデニム、12.5ozくらいの岡山産生地。
いわゆる1Stモデルを踏襲しつつ、ポケット、革パッチなどに独創性を込めたい。
主張しすぎない、控えめなデザイン。むしろ地味と言えるかもしれないが、1Stモデルと言われている表情は大きく変えたくない。
試作ではサイズ、ポケットデザインやその位置決め、袖の空き具合(袖まくりしたときの窮屈さがないように仕上げたい)、欲張って内ポケットやネーム刺しゅうも計画に含めるかどうかをグダグダ迷っている。
寒い冬が近づいてきた。急がねば。
2019年11月14日木曜日
self-taught ジモティーで不用品処分できた
ミシン整備、洋裁、いずれも素人ながら独学。
世間で控えめな方は、どこかの教室で学んだとか、誰かに教えてもらったという人も多いのではないかと思う。
私はそういった枠組みには属せず、というよりそんなコミュニティに属することが出来ないし、こんなやつでもと、許して仲間として受け入れてもらえないという見方次第では残念なヤツだ。誰か特定の人物にコーチしてもらったことはない。
独学なので自分のためであって、ある意味誰からも文句を言われず、あらゆることでも自由だ。
どこか洋裁教室に通うと、指定のミシンや用品の勧誘と掟に従い、手取り足取り指導してくれるだろう。幸い独学はそんなしがらみはない。
独学たる所以の情報源は本、ネット、販売されている商品を見るのも実地勉強になる。生地を見て触るだけでも大いに有効だ。町ゆく人の着ている服を見るだけでもいい。
独学という響きはどこかしら偉そうに聞こえなくもないが、教わることが出来ないとても残念な状況だといえなくもない。
学ぶという意味でガッツがあるようにも聞こえるが、独学故の偏った情報や知らないこともたくさんあり、結局遠回りしているのか最短距離を突っ走っているのかわからない。
目標とする到達点は自分で決める。俺の洋裁は独学でマスターした(つもりだ)が、現在の到達点を客観視すると、世間的には中級者クラスかというところだろうと思う。しかし、初心者の人からしたら上級者に見えるかもしれないし、反面、本当の意味で洋裁のプロからするとただの素人だ。そもそも独学の領域をクラス分けするのに無理があるのだが。
従って、今後も知らないことを行き当たりばったりで頭を打ちつつ体で覚えるのだろう。
これからの途上もまたよしである。
素人・・・で思い出す。販売サイトの写真を見ると、素人などと到底思えない出来栄え写真はときに感心する。どのようにして素人ととらえればいいのか境界線はわからない。素人と言いながら、きちんとしたプロダクト製品だとしか思えないような作家と言われるような、個だが相当な技能を追求した人達がいる。見習いたいが、とても真似できない。
世間で控えめな方は、どこかの教室で学んだとか、誰かに教えてもらったという人も多いのではないかと思う。
私はそういった枠組みには属せず、というよりそんなコミュニティに属することが出来ないし、こんなやつでもと、許して仲間として受け入れてもらえないという見方次第では残念なヤツだ。誰か特定の人物にコーチしてもらったことはない。
独学なので自分のためであって、ある意味誰からも文句を言われず、あらゆることでも自由だ。
どこか洋裁教室に通うと、指定のミシンや用品の勧誘と掟に従い、手取り足取り指導してくれるだろう。幸い独学はそんなしがらみはない。
独学たる所以の情報源は本、ネット、販売されている商品を見るのも実地勉強になる。生地を見て触るだけでも大いに有効だ。町ゆく人の着ている服を見るだけでもいい。
独学という響きはどこかしら偉そうに聞こえなくもないが、教わることが出来ないとても残念な状況だといえなくもない。
学ぶという意味でガッツがあるようにも聞こえるが、独学故の偏った情報や知らないこともたくさんあり、結局遠回りしているのか最短距離を突っ走っているのかわからない。
目標とする到達点は自分で決める。俺の洋裁は独学でマスターした(つもりだ)が、現在の到達点を客観視すると、世間的には中級者クラスかというところだろうと思う。しかし、初心者の人からしたら上級者に見えるかもしれないし、反面、本当の意味で洋裁のプロからするとただの素人だ。そもそも独学の領域をクラス分けするのに無理があるのだが。
従って、今後も知らないことを行き当たりばったりで頭を打ちつつ体で覚えるのだろう。
これからの途上もまたよしである。
素人・・・で思い出す。販売サイトの写真を見ると、素人などと到底思えない出来栄え写真はときに感心する。どのようにして素人ととらえればいいのか境界線はわからない。素人と言いながら、きちんとしたプロダクト製品だとしか思えないような作家と言われるような、個だが相当な技能を追求した人達がいる。見習いたいが、とても真似できない。
素人と作家、プロの境はあいまいなのだとも言えるのか。いやいや、歴然としてるよ。
ただ、同系列で比較するには無理があるように思う。
素人の俺は、自由に好きにしているから製品を作るわけでもないし、売り物であるはずもない。売らないし売れるはずもない、売らない。
作りはするが、個人で楽しむ趣味の領域という表現が近い。しかし、趣味という領域と違う次元だと思っている。俺独自の世界観を醸していると自負して創作している。それを趣味というのよと言われればそれまでだが。
一方、DIYという言葉は広い意味かと思うので、独学よりもDIYとするのがいいかもしれない。軽いニュアンスだし、がっつりDIYもあるだろうし、ちょっとDIYとか、なんちゃってDIYとか、DIYもどきとか、似非DIYと、本気DIYとかあげるときりがないくらいどんな表現でもマッチするな。
独学などさておいて、DIYで幸せと人生を考えよう。
先日、ジモティーで台車を譲りますとしたら、希望者が殺到した。
およそ、10年ほど前に引っ越しのために使うからとホームセンターで7500円くらいで買ったよく見るタイプの折り畳み式台車でしばらく使わず保管するにも場所がもったいない。
500円で募集したら、希望者が殺到した。希望者に返信が大変で、中にはただ、頂戴としかメッセージをよこさないヤツや、自分の都合ばかり言ってくるやつなどだらしなくきちんとした内容でないヤツなど大勢いた。
さすがに古いといっても機能するし、故障もない。くどいやつがいて、故障はないのかと散々念を押してくるヤツもいた。500円だからだろう。画面では動く様子は確認できない。買ったとたん壊れたら困るということだろう。
値付けの500円はさすがに安いと思った。連絡くれた人にすべて断ってから改めて2000円でと募集したところ、問い合わせが止まった。価格設定が高すぎたかと案じたが、間もなくきちんと取引出来そうな人からの連絡があって何度かのやり取りで気持ちよく引き渡しまでこぎつけた。安すぎる価格設定はかえっていい加減なヤツが寄ってきていけない。適正価格というものがあるのだとつくづく思った。
おわり
ただ、同系列で比較するには無理があるように思う。
素人の俺は、自由に好きにしているから製品を作るわけでもないし、売り物であるはずもない。売らないし売れるはずもない、売らない。
作りはするが、個人で楽しむ趣味の領域という表現が近い。しかし、趣味という領域と違う次元だと思っている。俺独自の世界観を醸していると自負して創作している。それを趣味というのよと言われればそれまでだが。
一方、DIYという言葉は広い意味かと思うので、独学よりもDIYとするのがいいかもしれない。軽いニュアンスだし、がっつりDIYもあるだろうし、ちょっとDIYとか、なんちゃってDIYとか、DIYもどきとか、似非DIYと、本気DIYとかあげるときりがないくらいどんな表現でもマッチするな。
独学などさておいて、DIYで幸せと人生を考えよう。
先日、ジモティーで台車を譲りますとしたら、希望者が殺到した。
およそ、10年ほど前に引っ越しのために使うからとホームセンターで7500円くらいで買ったよく見るタイプの折り畳み式台車でしばらく使わず保管するにも場所がもったいない。
500円で募集したら、希望者が殺到した。希望者に返信が大変で、中にはただ、頂戴としかメッセージをよこさないヤツや、自分の都合ばかり言ってくるやつなどだらしなくきちんとした内容でないヤツなど大勢いた。
さすがに古いといっても機能するし、故障もない。くどいやつがいて、故障はないのかと散々念を押してくるヤツもいた。500円だからだろう。画面では動く様子は確認できない。買ったとたん壊れたら困るということだろう。
値付けの500円はさすがに安いと思った。連絡くれた人にすべて断ってから改めて2000円でと募集したところ、問い合わせが止まった。価格設定が高すぎたかと案じたが、間もなくきちんと取引出来そうな人からの連絡があって何度かのやり取りで気持ちよく引き渡しまでこぎつけた。安すぎる価格設定はかえっていい加減なヤツが寄ってきていけない。適正価格というものがあるのだとつくづく思った。
おわり
2019年11月10日日曜日
人生で重要なことは
最近、閲覧履歴が微増して驚いている。
半年前、毎日のように書いていたが、読者数はゼロの連続で誰も読んでいる気配はなく気分良かった。ひたすら自由にぼやいていただけだからだ。もちろん反響もないし、誰にも読まれることのない俺だけの世界だった。と思った。
どういうわけか、読者はゼロベースで書いてきたつもりだが、最近は誰かが読んでいる気配がある。これはおかしい。俺は誰も読みもしないだろうと思って勝手なことを書いていたし、ほぼ自分のことを書いていた。
そんな与太話を誰かが読んでいるのだ。
これはまずい。
そんな与太話を誰かが読んでいるのだ。
これはまずい。
人から見られるとなっては自分の行いを見張られているようで、どうも居心地が悪い。
これはブログなので出入り自由だからもちろん誰が読むかはわからないし、誰にでも読んでもらって良いのだが、始めた当初は読んでくれる人がいるかもしれないとちょっと期待したり、誰にも読まれていないだろうと安堵した。
読まれたいという承認欲求は俺にもあるのか、読んでもらえることは正直言って素直にうれしい気持ちもある。
社会の中で生きている証なのだろうと思うが、初心に帰ると、誰からも読まれずであってもいいことだと思って続けていた。
問題は、己の「承認欲求」だ。
誰かに読んでもらったら、こんな意見でも受け入れて欲しいと思っていたり、批判を受けたり、賛同してもらえるなどと考えながら書き進めることがしんどくなってくるかもしれない。正直なところ、ビビっているのかもしれない。
まだ自分自身の見張られ度合い、居心地悪さは深刻でもない。
ここまで書き進めてきたのも自分の考えの整理のためでもある。ついでに読んでくれる人がいるのは困るわけでもないし、むしろありがたいと受け止めている。
そもそも、時間つぶしに付き合ってくれたら良いくらい・・・という程度ではじめた。期待されるようなことは書いていないし、書けないと思う。その通り。
どこかに誰かからの期待に応えたいという、頼まれもしないのに責任感が芽生えることもあるのかどうか。そんな自分を慎重に見極めてみたい。
このブログ内容と同じ、人生で重要なことなんてないに等しい。
仕事も必要だろうか。大切な仕事などそれほどないのではないかと思う。
真面目に働いているのに時々我に返るとばかばかしいと感じる。
あなたの仕事は重要ですか?本当のところどうでしょう。
重要と思っているけれど、実はそれほどでもないということもあるでしょう。働かないと飯が食えない。というが、そうだろうか。みんなが一斉に「辞めた!」となれば、本当に大切な仕事が見えてくるかもしれないだろうが、余計なことばかりしてパワハラ、モラハラ、いじめ、誹謗中傷、人のせいにする。本当の仕事をしなければいけない時にそんな暇なことはできないはずである。
いかに余剰な人員を抱えて社会が成り立っているのか、見方を変えるとそんな風に考えることもできるのではないだろうか。
いかに働いているふりをするのも大事だ。遊びながら給料もらう生き方であろう。多くの人を養うことを社会的な暗黙の合意があるのかもしれない。
あなたが先か私が先かはわからないが、いずれ死ぬ。それまでの暇つぶしに考えを巡らせよう。
こんなブログだが読んでくれた人に感謝。
おわり
読まれたいという承認欲求は俺にもあるのか、読んでもらえることは正直言って素直にうれしい気持ちもある。
社会の中で生きている証なのだろうと思うが、初心に帰ると、誰からも読まれずであってもいいことだと思って続けていた。
問題は、己の「承認欲求」だ。
誰かに読んでもらったら、こんな意見でも受け入れて欲しいと思っていたり、批判を受けたり、賛同してもらえるなどと考えながら書き進めることがしんどくなってくるかもしれない。正直なところ、ビビっているのかもしれない。
まだ自分自身の見張られ度合い、居心地悪さは深刻でもない。
ここまで書き進めてきたのも自分の考えの整理のためでもある。ついでに読んでくれる人がいるのは困るわけでもないし、むしろありがたいと受け止めている。
そもそも、時間つぶしに付き合ってくれたら良いくらい・・・という程度ではじめた。期待されるようなことは書いていないし、書けないと思う。その通り。
どこかに誰かからの期待に応えたいという、頼まれもしないのに責任感が芽生えることもあるのかどうか。そんな自分を慎重に見極めてみたい。
このブログ内容と同じ、人生で重要なことなんてないに等しい。
仕事も必要だろうか。大切な仕事などそれほどないのではないかと思う。
真面目に働いているのに時々我に返るとばかばかしいと感じる。
あなたの仕事は重要ですか?本当のところどうでしょう。
重要と思っているけれど、実はそれほどでもないということもあるでしょう。働かないと飯が食えない。というが、そうだろうか。みんなが一斉に「辞めた!」となれば、本当に大切な仕事が見えてくるかもしれないだろうが、余計なことばかりしてパワハラ、モラハラ、いじめ、誹謗中傷、人のせいにする。本当の仕事をしなければいけない時にそんな暇なことはできないはずである。
いかに余剰な人員を抱えて社会が成り立っているのか、見方を変えるとそんな風に考えることもできるのではないだろうか。
いかに働いているふりをするのも大事だ。遊びながら給料もらう生き方であろう。多くの人を養うことを社会的な暗黙の合意があるのかもしれない。
あなたが先か私が先かはわからないが、いずれ死ぬ。それまでの暇つぶしに考えを巡らせよう。
こんなブログだが読んでくれた人に感謝。
おわり
ファーウェイP30lite 答えは急ぐわけではない HUAWEI P30lite 華為
ファーウェイP30liteである。
格安SIMフリースマホである。
OCNモバイルで4800円で手を打った。
キャンペーン出だしのころ、4800円MNP割引本体価格から5000円キャンペーンを逃したが、それでも4800円+Taxは安かったと思う。
料金プランも最安のランクを選んだので月々1600円+Taxである。
今までキャリアと呼ばれるソンさんのガラケーだったので通信料金合わせて月額2000円もかからなかった。安かったのだと思うが、年間にしたら24000円はせしめられるし、機種本体代金や付属の充電アダプターとかオプション周辺のものを買い足したりするのが一般的だろうから年間にするとおよそ3万円ほどのコストがかかっているのではないだろうか。それでもスマホの無制限とか通信にかかる費用を貪ると到底そんな程度では済まないだろう。
携帯電話のない時代、黎明期から考えると情報収集のためのかかる経費として生活スタイルは少しずつ支出が増えた。もう家の固定電話だけの時代ではない。
同僚に聞くと、キャリア(ドコモ)を無制限に使い、機種代金一括でも月々1万ほどかかるし大したことをしゃべるわけでもなしにゲームだの、アプリ代金だので年間20万近くかかっているかもしれないという。そいつはマイホームなどとっくの昔にローンも払い終わり、子供も独り立ちしている。甲斐性のあるやつなので俺のような貧相なヤツとは比較にならない。俺は20万と聞くだけで条件反射的に拒否反応が現れる。無理だ。
先に述べた住宅をローン返済すると、人生のほとんどを返済のために生きることになるという社会プログラム、資本主義の約束事に従わなければならないように仕組まれている。日本のマイホームの価格帯は生涯年収から割り出し、逆算して値付けしているとしか思えない。そういうことなのだろう。
ほか、物欲はご存じ、車や趣味にかかるし、子供の教育費、交際費、酒代、たばこ、医療費と考えると通信費は増大する一方だ。しかし、肝心の収入は減ることはあっても増えることはそうそうない。楽観的に起業して成功の道のりを順調に進むことが約束されているのなら誰しも雇われる宿命からは解放されるのだが、世の中そんなに甘くない。
成功の道のりと書いたが、何が成功なのかしら、それすらよくわからなくなる。使いたいだけの金があっても、いつか飽きてしまうだろう。際限なく欲望を満たし続けた先に一体何があるだろうか。
一番安い価格帯のモデルを選んで、安い料金プランの範囲内でせいぜい遊んでみるのが自分には相応しいと思う。上見るときりがないし、世間の色んな広告見ると目移りしてしまう。
・・・という欲望は選んで手に入れること、高根の花を目指したいならそれに向かって頑張ることもよし。若かったころの自分はそんな思い込みもあったが、おっさんになってきたせいか今はそんな情熱が失せた。
情熱が失せたという表現は正確ではなく、今の時点での情熱は若いころ抱いたような性質のものではなく、違う形態のものに変化しているのだと思う。あの頃、必死に何かを追いかけていたし、その何かを実はよくわかっていなかったようにも思う。だから今追いかけているものの対象物は何かがわかっているのかという問いには「いや、わかっていない」
スピードはあったが、常に背中しか見えなかった。後ろ姿というべきか。今もわからないなりに何かの後ろ姿をとらえようとしているが、都度その動作や行動自体を噛みしめているという感じだ。だんだん何を書いているのかわからなくなりそうだが、答えを急ぐ必要はない。
格安SIMフリースマホである。
OCNモバイルで4800円で手を打った。
キャンペーン出だしのころ、4800円MNP割引本体価格から5000円キャンペーンを逃したが、それでも4800円+Taxは安かったと思う。
料金プランも最安のランクを選んだので月々1600円+Taxである。
今までキャリアと呼ばれるソンさんのガラケーだったので通信料金合わせて月額2000円もかからなかった。安かったのだと思うが、年間にしたら24000円はせしめられるし、機種本体代金や付属の充電アダプターとかオプション周辺のものを買い足したりするのが一般的だろうから年間にするとおよそ3万円ほどのコストがかかっているのではないだろうか。それでもスマホの無制限とか通信にかかる費用を貪ると到底そんな程度では済まないだろう。
携帯電話のない時代、黎明期から考えると情報収集のためのかかる経費として生活スタイルは少しずつ支出が増えた。もう家の固定電話だけの時代ではない。
同僚に聞くと、キャリア(ドコモ)を無制限に使い、機種代金一括でも月々1万ほどかかるし大したことをしゃべるわけでもなしにゲームだの、アプリ代金だので年間20万近くかかっているかもしれないという。そいつはマイホームなどとっくの昔にローンも払い終わり、子供も独り立ちしている。甲斐性のあるやつなので俺のような貧相なヤツとは比較にならない。俺は20万と聞くだけで条件反射的に拒否反応が現れる。無理だ。
先に述べた住宅をローン返済すると、人生のほとんどを返済のために生きることになるという社会プログラム、資本主義の約束事に従わなければならないように仕組まれている。日本のマイホームの価格帯は生涯年収から割り出し、逆算して値付けしているとしか思えない。そういうことなのだろう。
ほか、物欲はご存じ、車や趣味にかかるし、子供の教育費、交際費、酒代、たばこ、医療費と考えると通信費は増大する一方だ。しかし、肝心の収入は減ることはあっても増えることはそうそうない。楽観的に起業して成功の道のりを順調に進むことが約束されているのなら誰しも雇われる宿命からは解放されるのだが、世の中そんなに甘くない。
成功の道のりと書いたが、何が成功なのかしら、それすらよくわからなくなる。使いたいだけの金があっても、いつか飽きてしまうだろう。際限なく欲望を満たし続けた先に一体何があるだろうか。
一番安い価格帯のモデルを選んで、安い料金プランの範囲内でせいぜい遊んでみるのが自分には相応しいと思う。上見るときりがないし、世間の色んな広告見ると目移りしてしまう。
・・・という欲望は選んで手に入れること、高根の花を目指したいならそれに向かって頑張ることもよし。若かったころの自分はそんな思い込みもあったが、おっさんになってきたせいか今はそんな情熱が失せた。
情熱が失せたという表現は正確ではなく、今の時点での情熱は若いころ抱いたような性質のものではなく、違う形態のものに変化しているのだと思う。あの頃、必死に何かを追いかけていたし、その何かを実はよくわかっていなかったようにも思う。だから今追いかけているものの対象物は何かがわかっているのかという問いには「いや、わかっていない」
スピードはあったが、常に背中しか見えなかった。後ろ姿というべきか。今もわからないなりに何かの後ろ姿をとらえようとしているが、都度その動作や行動自体を噛みしめているという感じだ。だんだん何を書いているのかわからなくなりそうだが、答えを急ぐ必要はない。
登録:
投稿 (Atom)





























