2018年12月9日日曜日

ジーンズ作りは自由でよろしい。

先日仕立てたジーンズを何度か洗濯してみた。

仕上がりは洗濯する前は糊が利いているためか、カチッとした仕上がり。洗濯するごとにやわらかく、はき心地も快適になった。

反省点もないわけではない。

デニム生地はハギレを格安で仕入れるので個体差がある。今回の生地は確か、1メートル当たり324円(税込み)だったからこの値段でデニム生地およそ13.5OZのものは手芸店などでは入手はできないと思う。

安いのだが、その個体差のため、縮む割合が読めない。あらかじめ水通しするのでだいたいわかると思われるだろうが、水通しして縮んでいるのかどうかわからなかった。

今回で3本目になるデニムなので、初回モデルがあまりにも縮んだから今回も縮むだろうとびびりながら作業した小心者の俺。

結果、あんまり縮んでいなかった。

一本目の生地が縮みすぎたのか、あの時は水通しをしなかったから余計縮んだのか。

もうあの生地は探し出すことはできない。何度か買った店に行くが同じ生地は置いていない。

まだ、セイサクショカンパニーでは試作段階だと思えばよいのだが。

ジーンズについて、いろいろ調べていると奥深さにびっくりした。「沼」というのはこういうものだといえる。

生地の色、染料、縦糸と横糸、縫い方、デザインやパターン、タグは皮や紙、ステッチ、ステッチ糸の種類、色、ファスナー、ボタン、リベット、製造年や工場、ミシン、裾上げにチェーンステッチミシンでしてくれる店とか、必死で探している人もいる。

これらのあらゆる組み合わせや手法で無限大の世界であってしかもこだわりを持った人がいるそうだ。

自分で仕立てて履いて出歩く。

ただそれだけなのだが、ジーンズマスターになると相当な世界を知ることになるような予感がして少し寒気がした。(今日は特に寒い)

しかし、時々生地の厚みを表現するのにオンス表示して、この記事は○○オンスなので厚い生地ですなどと書いているのを見かけたが、違和感を覚えた。

厚みと重さは比例するわけではないと思うが違うだろうか。ある程度の判断材料としては外れてはないだろうが。

生地の重さは1平方ヤードの重さなので、生地を構成する糸の密度やそれ自体の素材でふんわり厚いものができたり、そうでないものがある。

改めて考えると、そもそもジーンズとは何をどのように作ろうが自由であって、できた製品に対して表現がおかしいということ自体、俺もどうかしている。

そうだ、「自由」だ。







2018年12月2日日曜日

修理したミシンで服を作る  ガキは出来ないだろう

今日の話しは、「俺はこんなにミシンを持っているんだゼ」という恥ずかしい内容なので、心してひやかしてくれ。

子供時分、母親のジャノメミシンでなんとなく使い方をマスターした。

10年ほど前「男のミシン」というブログに影響受け、ヤフオクで格安のミシンを買い、修理してみた。

ブラザーコンパルデラックス、コンパルエースⅡ、JUKI HZL-550フローラ、ブラザーLeMIEUX7000などを乗り継いだ。







手に入れた時点でどれも故障しているし、少なくとも動かすことができるまでに何らかの整備が必要だった。

これら同型のミシンたちは今でもオークションで取引されている。おそらく格安で手に入れることはできるだろうし、ちょっと面倒を見てやれば動くだろう。

ただ、製造年が古いと基本的に補修パーツは製造打ち切りだし、コンピューターミシンの場合は基盤、コンデンサや抵抗など、パーツを交換すれば直るものもあるだろうが専門知識が必要だ。

その点電子ミシンや電動ミシンは制御する仕組みがコンピュータミシンに比べ簡単にできているので修理も簡単な場合が多い。

これらのミシンはすでに整備を終え、きちんと縫えるようになり、何着も服を作った。しかし、どれもオークションで手放した。保管場所に限界があるのと、違うミシンに興味が移ったのが要因だ。

そして最近、とうとう足踏みミシンがメインマシンになった。さすがにミシンに対する視点が世間とずれているのだと気づいた。

しかし時々、ミシンをメンテナンスしている物好きさんのブログを見つけることもあるからマイノリティではあるが、まんざらでもない世界なのだ。

先日触れた最新家庭用ミシン、ジャノメ メモリークラフト6700プロフェッショナルやJUKI HZL-EX7などラグジュアリーミシンにも大変興味を持っているが、このあたりのモデルを導入するためには今までミシンにかけた総額の数倍、おそらく4~5倍の予算を見込む必要がある。
残り人生の取捨選択と優先順位を考えるとおのずと順位が下がる、認めがたい残念な現実。

一方、開き直って手に入れた中古ジャンクミシンを慈しみ、手入れして再びよみがえらせるという人生の最高の暇つぶしを見つけた。

服なんか作るのにプロの仕事のようには行かないのが当然で、ゆがんだ縫い目を見ていかにも家庭で手作りしました的な服を着て手作りの世界観を知った。

先日youtubeでプロの仕事を見た。まねはできでも何かが違う。仕上がりの完成度は話にならない。

ただ、自分で履くジーンズや服を自分で作っているという達成感がある。これに尽きるのかと今思っている。

手取り足取り教えてくれるソーイング教室にはおっさんなぞ遠慮願いたいだろうし、まさかおっさんが喜んでミシンを踏んでいる教室の風景を想像するのも怖い。講師はかわいらしい女性だろうか、それとも屈強な親父だろうか。まさか。


足踏みミシン全盛のころはまだアパレル市場も好況だったろうし、服は高価だったころ、庶民はせっせとミシンを踏み、自分で自分の服を作っていた。経済事情が大きかったろう。

今、買えばいくらでも手に入る服、とても安いし良質で種類も豊富だ。

プロがせっせと作った完成度の高い縫製技術の服と、自分で家庭用ミシンで作った服とでは雲泥の差かもしれないが、自分で作ったという満足感や達成感の喜びを知ったことがかけがえない体験になった。

ブログ、「男のミシン」は終了して閉鎖されたようだが、影響を受けた人達だろうか、ミシンブログを見かける。

ミシンをレビューしている人やミシン修理専門家だろうか、専門的な知識を披露している人など参考にさせてもらっている。

オールドカーや時計修理、オーバーホールなどとの共通したものもあるし、ミシンはヤフオクを見ていると初期投資が少ない。ただ、最近見ていると数年前よりも相場は高騰している印象だ。修理するユーザーが増えてきたのだろうか。

時々、気になったモデルのオークション入札経過をみていると、同一ユーザーと思しきIDを見かけ、ミシン関連のブローカーだろうか、相当数のミシンを一時に落札しているようだ。

そんな結果を見て相場勘を養うのだが、この錆びたミシンにこの値段かと言うほど錆びた鉄の塊をいい値段で取引されている。ケチな俺がまともに競争しても勝ち目はない。

足踏みミシンで特徴を挙げると、共通規格の設計なのでメーカーを渡っても使い回せる部品やアタッチメントなどで汎用性が高いから製造年が40年前、50年前のミシンでも修理が容易で基本構造が単純、金属パーツがほとんどなので壊れにくい。

一方、欠点を挙げるとすると、本体は鉄なので重く簡単には持ち運べない。台と一体で使用する設計なのでモーター換装してポータブル化すると本来の良さを失うと思う。操作制御には経験と勘によるところが大きく、万が一修理が必要になると持ち運びは大変で、専門家に出張も想定しないといけない。そうなると修理費に加え出張費も加算され、それなりの覚悟もいる。ある意味、大人でないと出来ない。

めんどくさいことのように思われるかもしれないが、自分で修理して服を作る。

醍醐味がある。